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序章、風の声
「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」
(ヨハネの福音書 第1章29節)
大気が怒りに震え始めます。
まだ太陽が地平線へ昇る前から、大気中の塵による光の散乱のため東の空が色づきます。
古びたベージュのカーテンが採光の準備を始めた和室には、畳の上に数冊の文庫本が重ねられ、犬の水飲み用の赤い容器がひとつ置かれていました。
また東の壁に嵌め込まれた大きな茶箪笥の中には、1枚の写真が無造作に飾られています。
アッシュ系のベージュの髪に、Tiffanyのsilverのサークルピアスをしたおとこが、まだほんとうに小さくあどけない顔をした白とゴールド模様の仔犬を、両手でとても大事そうに抱いています。
おとこは嬉しそうに微笑み、仔犬は緊張した面持ちで、おそらくどこかのペットショップで記念に撮られた写真でしょう…
よく見ると重ねられた文庫本のいちばん上には、小さな花模様が描かれたうす青い便箋が置かれていました。
南側の網戸つきのサッシ窓の隙間から、白いレースのカーテンを揺らしながら、ときおり風が入り込んで、うす青い便箋が捲れます。
それはユキヒロくんへ、という宛名から始まる手紙でした。
風がページを捲り、その手紙を涼やかな声で読み始めます…
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