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第1章、ナオミ先生からの手紙
ユキヒロくんへ
ほんとうにお久しぶりです。
お元気ですか?
とても懐かしく思います。
あなたの担任をしていたナオミです。
あなたはいつも、わたしの下宿先であった防風林の松林に囲まれた大きな農家に、遊びに来てくれましたね。
浜から届く潮の香りと、自然の匂い…
それは土や草や花や、田んぼや畑や生き物なんかが混ざった懐かしい匂いです。
わたしがこれからこの手紙で伝えることは、すべて事実であり、わたしのつくり話しではありません。
しかしこの事実は、これから日本に起こる重大なできごとの、キッカケになった事件だったと思わずにはいられません。
ユキヒロくん、あなたには伝えておきます。
あの「森」の奥でひっそりと暮らしていた世捨て人のような「森の隠遁者」=村の村長=「森」の主の裁きの始まりを…
ユキヒロくんも知っているとおり、この村の南のはずれの松林に囲まれた人家からも離れた目立たない場所に、ハンセン病施設ができました。
村の住民にも知らされずひそかに工事が進められ、梅雨が訪れる直前に完成しました。
数十人のハンセン病患者が入居をしましたが、ほんの数人のまだ小学生ぐらいの子どももいました。
しばらくすると村の小学校の新米教師だったわたしは、村の村長=「森」の主から秘密裏の誓約書にサインを求められたうえ、施設の子どもたちに勉強を教えることになりました。
わたしはハンセン病がどういう病気かもわからず、最初はとても戸惑いましたが、その容姿を忘れるぐらい、かれらがみなとても美しい心を持った子どもたちであることに気づきました。
みなおとなしく内気ではありましたが、次第に心が通じ合い子どもたちとの交流が、ほんとうにかけがえのないものになりました。
そして、そのハンセン病施設で掃除婦として働いていた中年女性のトミエさんから、むかし村で起こったひとつの事件を教えられました。
なぜこのような東北地方の農業しか産業のない小さな村に、ハンセン病施設が設置されたのか?
それはある事件が、キッカケだったとも言えるようですが…
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