彼女を殺したのは

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「そもそも私の作品に隠されている私の真意を本当に理解している人間が果たして存在しているのかと考えると、おそらくいないのではないかという結論に私は達しています。インターネットなどで私の作品の謎について持論を展開させている暇な人間も多いですが、あんなものは余りに稚拙な解説であって、私の作品に対する一種の冒涜だと私は感じずにはいられません。何故なら行方不明になり、死体で発見された彼女を殺害した犯人を特定する事に何の意味も無いからです」 彼が話している内容が私には理解出来なかったが、私は取り敢えず彼の話しを聞いてみる事にした。 「彼女は誰かに殺害されても仕方がない程に自己中心的で非道徳的な女であり、性に対して自由奔放な彼女が誰かに殺害された事は起きるべくして起きた悲劇なのであって、犯人こそがその悲劇に巻き込まれた被害者なのです。そう、彼女が被害者なのではなく犯人の方が被害者なのだと言う事実にどうしてあなた方は気が付かないのかと私は怒りさえ覚えます。それなのにあなた方は彼女を殺害した犯人を特定しようと躍起になっている。私にはそれが滑稽に思えて仕方がありませんよ」 彼はそう語り、薄ら笑いを浮かべながら話しを続ける。 「彼女が同時期に付き合っていた四人の男性達。No.1ホストの田中、弁護士の山口、会社の上司の高橋、そして年下で大学生の村上。この四人の男性達には全員に彼女を殺したいという動機があった。それは貴方も理解できていますよね?貢いだ金を返せと脅迫されていたホスト、結婚を迫られていた弁護士、彼女との不倫関係をばらすと脅されていた会社の上司、そして四股をかけられて弄ばれていた年下の大学生。この四人には彼女を殺害する権利があった訳です。つまり誰が犯人であっても彼女を殺害した事で犯人が裁かれる義務はないんですよ」 「彼女を殺害する権利はあるが裁かれる義務は無い…」 私は思わず言葉を発していた。確かに行方不明になり死体で発見された女性は同時に四人の男性と交際をしていて、真面目で大人しい印象では決してなかった。 「そうです、裁かれる義務は無いと私は考えます。だから」 「だから、犯人の名前を伏字にしてインターネットでこの事件の作品を発表した…」 「その通りです。犯人は裁かれる義務もありませんから、名前を公表する必要性も無いんですよ」 「仮にそうだったとしても、世間は彼女を殺害した犯人が誰なのか知りたいと思うのではないでしょうか?」 「犯人が誰なのかと言う事はこの作品では重要ではありません。男性四人を手玉に取っていたひどい女が殺された、それが全てですし、犯人を特定したからと言ってそれが真実だとは限りませんよね?冤罪の恐れや犯人が嘘をついている可能性だってある訳なのですから」 「ではあなた自身も犯人を特定せずに作品をインターネットで発表したと言う事ですか?」 「そう言う事になりますね」 「…もしかして、あなた自身も犯人を知らないのではないのですか?」 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。私の作品ですが、私は彼女の全てを知っていた訳ではありませんから。もしかしたらもっと複数の男と交際していた可能性だってある。ただ、一つだけ言える事は彼女は殺されて当然のひどい女性だったと言う事だけです」 「分かりました。村上さん、取り敢えず今から署に行って更に詳しく話しを聞かせて下さい」 私がそう言うと、それまで穏やかだった殺された彼女と交際していた年下の大学生の村上の態度が一変した。 「は?それって任意ですよね?強制では無いはずでしょう。私は彼女が誰かに殺害された事実を作品にしてインターネットで発表しただけですから」 「しかしあなたは彼女と交際していた事件の関係者ですし」 「事件の日のアリバイならありますよ。彼女が殺害された日は一日中家に居ましたから。両親に聞いて貰えれば立証出来ます。それに先程も申しましたように、私は彼女に騙されていた被害者ですよ?弄ばれて傷付いているのは私も同じです。私の方が訴えたいくらいですよ」 「あなたは彼女が付き合っていた他の男性と面識は無いんですね?」 「もちろんですよ。マスコミの情報で、同時期に私以外に交際していた三人の男性の存在を知って、余りにも彼女がしていた行動が許せなくて怒りに任せて小説を書いてインターネットで発表しただけです。犯人扱いされるなんて心外です」 「あなたが犯人では無いと仮定して…他の三人の中で誰が犯人の可能性があるのか、あなたの見解を聞かせて下さい」 「さあ?そんな事に私は全く興味がありませんね。彼女を殺したのは◯◯、それで良いんじゃ無いですか」 村上は冷ややかな笑みを浮かべた。
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