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「男ってやつは、心配性なんだからさ」
居酒屋のテーブル席は、金森商事の社員でいっぱいだった。
「でも、そりゃ男からしたら嫌なもんだけど、女は違うんだなあ」
「だって、友達同士なんですよね」
「友達なんだろうけど、男女数人で旅行に行くってのは、なあ」
「友達なら、普通ですよ。むしろそんな束縛されたら」
「そうかねぇ、ふ~ん、男の味方は男だけだな、柏木」
肩を抱かれて揺さぶられる。温くなったビールは飲む気がしなかった。
「そう、友達だろうとなんだろうと」
二十六歳。若手ばかりの席でこんな話を振ったことを、柏木は少し後悔した。
「おったちゃ……ああ、いや、なんというか、なあ?」
肩を抱いたままの菊池に目をやると、菊池は「ああ」とわかったように頷く。
「え、なんですなんです?」
「いや聞くんじゃないよ、そういうことだよ、察しなさいよ」
「えー、やらしー」
「やらしってお前どういう、いやいいやもう、あ、すいません、日本酒お願いします」
同棲している恋人がいた。
付き合って半年程度だったが、決断の早い女性で「一緒に住む?」と誘ったら「うん」と軽い調子で返事をした。それからアパートで二人暮らしだったのだが、
「旅行? いいじゃん、行ってきなよ」
「うん、今度は一緒に行こうね」
「休みが合ったら……この前会った女友達と?」
「そう、アケミと、カズサと、ケンジと、ダイチと……」
「……うん?」
「なに? どうかした?」
「いや……男も一緒なの?」
「そうだけど、みんな友達だし、変な心配いらないよ」
「いや変な心配じゃなくて、それどうなの?」
「どうって?」
「どうって? まさか疑問で返ってくるとは思わなかったけど」
「だから、そういう関係じゃないって。友達なんだから」
「だから友達もくそも、おっ勃ちゃ入れられるんだから関係ねえだろうよ」
「最低」
「どっちが」
「だって」
喧嘩というより、それは冷戦状態に近かった。
互いに相手が理解できない。かといって受け入れることもできない。結果として仲たがいしたまま旅行の日取りになって、恋人はそのまま出かけてしまった。
「だって、それって仲の良い友達のことも疑ってるってことじゃないですか」
日本酒が届いたころ、二年目の女性社員が言う。
「まだその話する?」
「私は柏木さんの悩みを解決してあげたいんです」
「傷つけたいだけなんですって聞こえるよ」
「そういうとこですよ。私が傷つけるって決めつけるじゃないですか」
「じゃあ言ってみなよ」
「彼女さんのことも、友達のことも信用していない態度がよくないんですよ」
「ほらぁ……」
頭を抱えて日本酒を飲み干すと、隣の菊池が代わりに応戦した。
「でも個室だってんなら別だけど、金がないからって同じ部屋で雑魚寝だぜ?」
「同じことですよ、信用の問題じゃないですか」
「いや、男は少なくとも思うって、手出していいのかなって」
「うわぁ」
「一般論! セクハラとかじゃなく、一般的にそうだから、絶対!」
「菊池さん、そういう人だったんですね」
「男はそうなんだって! 柏木、お前も言ってやれよ、なあ、男は違うんだ」
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