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「怒ってません」  新入社員に、染谷(そめや)という女性がいた。  いつも怒っているような顔をしている。頬が膨れていて相撲取りのようで、それでいて目が吊り上がっているから不機嫌そうに見える。愛嬌もなく、人気がなかった。  ただ、仕事はできる。ミスは少なく、多少の仕事は任せられた。 「見てるとどうも良くないな、あれは。人三化七ってのはあれのことだよ」 「染谷くんか? よくやってるだろう」  菊池は舌打ちをして首をひねる。 「見てて具合が悪くなるよ。仕事なんざ、こっちが手につかない」  男性社員の間では、入社当時からそんな話はあった。  柏木は聞き役に回ることが多かったため、自ら悪口を言うことは少なかった。そのせいか“平気なやつ”とみなされ飲み会などでは染谷の隣に座らされるようになる。 「柏木主任、だいじょうぶですか。ちゃんぽんするからですよ」  一次会でつい飲みすぎた柏木は、周囲の悪ノリもあって染谷と一緒にタクシーに乗った。 「彼女さんの旅行の話」 「それはもういいよ……」 「いや、私は分かりますよ。だって、その状況、襲われたら抵抗できない」 「ああ……そう、そこだ」 「友達だからって、現にニュースでは親子でなんて話もあるんだから」 「あの場で言ってくれてもよかったのに」 「だって、説得力ないでしょ。私が言っても、ひがみみたいで」 「それは、そう……ああ、いや、経験はあるの?」  柏木は『自分の意見を言ったら容姿で馬鹿にされた経験』について聞いたつもりだったが、喋るのが億劫で省略したせいで、染谷は別の意味で捉えたようだった。 「ないですよ。悪いですか」 「いや良いことだよ。経験がないってのは、うん、ああ、喜ばしいじゃないか」 「はあ……でも、この年で恥ずかしいですよ」 「じゃあ経験しなよ。俺がやろうか?」
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