人魚の子

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 きっぱり言い放った少年の顔を、青年たちは信じられない思いで眺めた。胸から下は水の中なので、その言葉が本当かどうかはわからない。それ以前に、そもそも男の人魚など聞いたことがなかった。 「それなら、その証拠を見せてみろ」  そう言われたら、本当の人魚なら尾ひれを見せるところだが、あいにく少年にはそんなものはなかった。 「じゃあ少し待ってろ」  少年は言うや否や海に潜った。間もなく出てきた彼の手は、大きな魚の尻尾を掴んでいた。  二人の青年は再び目を丸めた。自分たちが獲ったどの魚よりもはるかに大きかったからだ。彼らは顔を見合わせ、少年には聞こえない声でこそこそと言葉を交わした。そのうちに青年の一人が少年に目を向けた。 「すごいな。さすが人魚だ」 「へへん」と少年は鼻高々だ。 「お前をすごい人魚と見込んでお願いがある」  気をよくした少年は、なんだいと笑顔で応じた。 「実は、僕たち二人だけで漁に出るのは今日が初めてなんだ。今までは父さんと一緒だったんだけど、少し前に死んじゃってね。父さんがいれば魚もたくさん獲れたんだけど、僕たちだけだとなかなかうまくいかなくて。家では病気の母さんが待っているし、何とかたくさんの魚を持って帰りたいんだ。よかったら漁を手伝ってもらえないだろうか?」  青年の話を聞くうち、少年の顔から次第に笑みが消えていった。父親が亡くなり、母親も病気だと知ると、その表情は同情の色を帯びた。 「わかった。手伝ってやるよ」  少年は、自分が海の中から魚を追い立てるからその先へと網を投げ入れるようにと青年たちに言った。その通りにすると、先ほどまでのことが嘘のように、大きな魚がたくさん獲れるようになった。 「こんなことでいいなら、いつでも手伝ってやるよ」  少年は大喜びする青年たちに別れを告げると、もともと自分が居た海の方へと泳ぎだした。  それからというもの、少年は青年たちと度々一緒に魚を獲るようになった。最初はただ漁の手伝いをするというだけの関係だったものが、回数を重ねるごとに仲良くなり、あれこれ他愛のない話をするようになった。住処のこと、母親のこと、自分のこと、いつしか何でも話し合える間柄になった。そして彼らは、お互いを友として認め合うようになっていた。
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