人魚の子

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 人魚の頬は月の光を受けてきらきらと輝いていた。いつもそうだ。あの子のことを思い出すと、自然と涙が溢れるのだ。  もう帰ろう。そう思ったとき、遠くから何かが聞こえてきた。それは赤ん坊の泣き声のように思えた。  こんな海の真ん中で、そんなものが聞こえるはずはない。きっとあの子のことばかり考えていたから、海鳥の声と聞き間違えただけだ。そう思いつつ、人魚は念のためにと耳を澄ました。それは間違いではなかった。明らかに子供の泣き声だ。  人魚は慌てて海に飛び込むと、声がする方へと全力で泳いだ。  水面を小舟が漂っていた。声はそこから聞こえてくる。  へりにつかまり中を見た。布に包まれた赤ん坊がいた。人間の子だ。  人魚は思わず逃げるように小舟から離れた。しかし泣き声を聞くうち、心が痛み始めた。彼女は再び小舟に近寄った。泣き止む気配はない。そっと手を差し出した。その指を、赤ん坊は一所懸命に吸い始めた。 「腹が、減っているのか?」  人魚はその子を抱き上げた。玉のようにかわいい男の子だった。その温もりを胸に感じ、彼女の中に母性が目覚めた。  赤ん坊をしっかりと抱きかかえた人魚の姿は、そのまま波間へと隠れて見えなくなった。    三  人魚に大切に育てられた赤ん坊はすくすくと大きくなった。少年と呼べる歳になったその子は、人魚のことを本当の母親だと思っていた。そして自分も人魚だと信じて疑わなかった。ただ、母親は胴から下が魚の形をしているのに対し、自分にはそれがなく、二本の足が生えていることだけが不思議でならなかった。それでも、少年の泳ぎは人魚に負けず劣らず見事なものだった。  少年は色々なことを人魚から教わった。潮目の見方や魚の捕まえ方などの海のことから始まって、絵を描くことや歌を唄うことなど、ありとあらゆることだった。中でも人魚が繰り返し口にしたことは、人間についてのことだった。
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