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人魚の子
一
遠い昔のこと、大陸の東の果ての島国に小さな漁村があった。
ある日、そこに住む男たちは浜辺に並び、沖を見つめていた。彼らの目には、大きな波がうねうねと蠢く荒れた海が映っていた。それは既に何週間も続いていた。
「いったいいつになったら漁に出られるんだ……」
一人の男が嘆くように呟いた言葉に、他の男たちはため息で答えることしかできなかった。
そんな中、ある老人がこんなことを言い出した。
「わしが小さいころにも同じようなことがあった。その時は、海神の怒りを買ったのだという噂が広まり、それを鎮めるために人身御供を立てることになった。話し合いの末、その年に生まれた赤ん坊を差し出した。最も穢れのない命と言うことでな。果たしてその後、無事嵐は治まった」
それを聞いた男たちは、今回もそうしようと話し合った。ちょうど半年前に生まれたばかりの子供がいたからだ。彼らはその子を生贄にすることに決めた。
だがその子の母親だけは泣き叫んで抵抗した。しかし大勢の村人たちの前ではそれも悪あがきでしかなかった。赤ん坊は半ば強引に連れ去られ、人身御供として海へと流された。
二
雲間から洩もれた月の光が、優しく波の上を照らしていた。
なんと穏やかな景色だろう。水面に突き出た岩の上で、人魚はあたりを眺めながらそう思った。久しぶりの静かな海だ。
こんな夜は、ついあの子のことを思い出してしまう。忘れたくて、こんな東の果ての海まで来たと言うのに。
もしもあの子が生きていたら、今頃は幾つになっているだろう。人間に恋をしたがために泡となって消えてしまった妹。あの子は人間を助けたのだ。なのにあいつはあの子を裏切るようなことをした。
人間は世の中で一番心優しいものだとあの子は信じていた。でもそれは間違いだった。あの時、妹にもっとしっかり言い聞かせていれば、あの子は今も広い海で自由に生きられたのに。
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