友として(ゼロス)

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 ランバートを誘って外に飲みに行くのは久しぶりな気がする。案外乗り気でついてきたランバートと、料理の美味しい小さな店へと入る。実はクラウルのお気に入りだ。 「いい店だね。レイバンから?」 「いや、クラウルのお気に入りなんだ。少量の料理が多くて食べきれるし、酒も美味しい。それに、個室があるんだ」  何度かクラウルと来ていたから、店の料理長兼店長が顔を覚えていてくれた。おかげでクラウルが使っている個室へと通してくれた。  小さな店で、個室もテーブルを挟んで二人席。その小さなテーブルにワインと、簡単な料理が数点並んだ。 「じゃ、今日も一日お疲れ様」 「お疲れ」  楽しそうにするランバートはいつもと変わらないように見える。酒を楽しんで、料理を楽しんで。  けれどコンラッドの話では、結構限界っぽい。もう、溢れそうになっているんだろう。 「ランバート、最近ファウスト様とどうなんだ?」  まどろっこしい事はせず、ゼロスは直球で聞いてみた。ランバートの場合遠回しにしても素知らぬ顔でくぐり抜ける。案外直球で聞いた方が答えてくれるものだ。  実際、ゼロスの追求にランバートは目を丸くして、次に酒を飲み込んだ。 「別に、どうもしないよ」 「ファウスト様の家の事で、何か困ってるんだろ?」 「……それ、クラウル様から?」 「具体的には何も聞いていないが、何かあったらしいとは聞いている」  多分後でクラウルが怒られるか、睨まれるかするだろう。けれどその程度は我慢してもらう事にする。  ランバートはしばらく何かを考えていた。けれどたっぷりと頭を悩ませ、その間にワインをグラス二杯は飲んでから、重く口を開いた。 「アーサー様と、話しをした」 「あぁ」 「シュトライザーの家は、ファウストに譲るって」 「あぁ…………はぁ?」  思わず流れで返事をして酒を飲んで、事態の重さに気づいたら酒が変な方へと流れた。激しく咳き込むゼロスの背中を叩きながら、ランバートは小さく笑った。 「そう、なるよな」 「なるよな。じゃないだろ! お前、それって!」 「反対とかはないらしい。むしろ取り仕切りを分かってる俺が正妻につけば家が安泰だって言われた」 「じゃあ、ファウスト様に愛人をつけるってことか?」 「一度だけ、目をつぶれってさ。出来た子が女でも男でも、跡取りとして育ててくれって」 「そんなの受けられるわけないだろ!」  ゼロスの方が腹が立って声が大きくなってしまう。だが、考えると腹の中が煮えてくるのだ。そんなの、ランバートの気持ちもファウストの気持ちも無視した話しじゃないか。  けれどランバートは笑った。そして「だよな」と呟くのだ。 「俺も、色々考えたんだ。シュトライザーの分家とかから、養子がもらえないかとか。でも、シュトライザー家って本家以外は全部養子とかに出されちゃっててさ、追えないんだ。だからってルカさんを頼りにって、まだ結婚してない二人にいきなり養子とか、言えないでしょ。機能的にはファウスト、何の問題もないんだから」 「ランバート」 「俺の心が海みたいに広かったらさ、許せてたのかな? ファウストがもっと遊び人で、既に隠し子とかいたらいいのにな」  髪をかき上げながらポツポツと話すランバートの表情は疲れていて、今にも泣きそうな顔だった。それでも真剣に考えているのだろう。 「ファウスト様は、なんて?」 「今更言われても困る。家の事はもう、縁を切っても構わないって」 「それなら……」 「でもそれじゃ、アーサー様が一人になる」  ランバートの言葉を、ゼロスは少しイライラして聞いている。ファウストの事を思って言っているなら、まだ分かる。けれど無理難題を言う相手の事まで思いやってやる必要がどこにあるんだと。  優しすぎるのだろう。けれどそれで自分の幸せを逃したら、後悔するのはランバートとファウストじゃないか。 「ランバート、それはもう……」 「アーサー様って、ファウストと似てるんだ。誰が見ても中身が同じで親子だって思えるくらい、融通が利かなくて、頑固で、一人で何でも抱え込んで、なのに弱音とか言わないんだ。そんな人がさ、俺に頭を下げて頼み込むんだよ。俺、どうしてやるのがいいのか分からなくなってきて」  綺麗な青い瞳が歪む。前髪を無造作にクシャリと上げるランバートは、本当に苦しそうで見ているのが辛い。  こんなに悩んでいたのか。もう、行き詰まってしまうくらいに。それでも今まで誰にも、弱音を吐かずに頑張っていたのか。 「……俺は、ファウスト様の意見に賛成だ」 「ゼロス」 「人の事、気遣ってやるうちにお前がボロボロだろ! それに今更だ。第一、シュトライザーの長男だっているんだろ? それならもう、そこに任せてお前は幸せになれ! どうして二人の問題なのに、互いの気持ちのままにならないんだ」  酒の勢いを借りてゼロスは思う事を伝えた。勿論そんなに簡単じゃ無いことは分かっている。帝国を支える四大公爵家の一柱が揺らいでいるんだから当然だ。それでも、どうしてそこでこの二人が犠牲にならなければならないんだ。  ランバートは驚いて、笑って……俯いたままになった。 「ごめん、俺もそう思う」 「だったら……」 「でも! 嫌なんだよ。あの二人、ようやく少し歩み寄ったんだ。なのにこのまま離れたら、意地っ張りだからもう二度と話し合うとか無理になりそうで怖いんだ。だって、ファウストは嫌っててもアーサー様はファウストの事大事に思ってるよ。ルカさんやアリアちゃんの話しを聞いても、悪い人じゃないんだ。なのに……俺の存在が二人の間を壊すなんて、嫌なんだよ」 「ランバート……」 「欲張りだってのは、分かってるんだ。俺がファウストに従えば何も問題なく進むんだ。分かっていても、なんか……ファウストを見捨てたみたいで嫌だ」  欲張りな願いだと思う。けれどランバートはそれをどうにかしようと、今も悩んでいる。未来を見て、親子の行く末を案じて、どうにかならないかと。  ゼロスは溜息をついて、ランバートの背中を叩いた。 「欲張りな奴だな。そんなに上手くいくわけないだろ」 「ゼロス」 「……足掻けるだけ、足掻け。考えられる全部の可能性がダメになったときには、自分の幸せを選んでくれ。俺で役立てるなら、何でもするから」 「ゼロス。……有難う」  これを聞いて、確信した。やはり二人の間には確かな約束があったほうがいい。決して負けない、決して崩れない為の約束が。  改めて二人の婚約式を成功させる。ゼロスはその意気込みを確かにしたのだった。
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