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婚約指輪(ファウスト)
ゼロスからの提案があった、次の安息日。事前に同期達がランバートを連れて遠乗りへと行ったのを確かめてからオスカルと共に宿舎を出た。
そうして向かったのは何度か行った大きな宝石店。薄暗い店内にポッと浮かぶ宝石のきらめきは、やはり場違いに思えて気が引けてしまう。
「それにしてもさ、シウスって案外怖いよね。まさか僕たちの指のサイズも全部知ってるなんてさ」
指輪をおいている場所へと向かう中、オスカルが言う。それにファウストは苦笑して頷いた。
衣装の関係で指のサイズも全て測ってある。そう言ってシウスはいとも簡単にランバートの指のサイズを教えてくれた。それをしっかりと記憶してきた。
「まぁ、おかげで助かったけれど」
丁度指輪のある場所へとさしかかり、真っ先にオスカルがガラスケースを覗く。まるで自分の物を選ぶ勢いだ。
「それにしてもさ、ファウストはこの提案がなかったら婚約ってするつもりなかったの?」
オスカルの隣で同じように指輪を見ていたファウストに、オスカルが少し責めるような口調で問いかけてくる。これには申し訳なく、ファウストは項垂れるばかりだった。
「ほんとさ、いい加減自分の幸運を逃がすよ。あんなにいい子、もう見つける事はできないよ。それに今更ランバート以外なんて考えられないでしょ? 逃がしたらそれこそ、生きていけないくらいショックでしょ」
「そうなんだが……家の事で一杯になってしまっていたんだ。そこまで考えが至らなかった」
「そのお家騒動って、どんだけなのさ。ファウストがパニクるのは割とあるけれど、ランバートまで頭が回らないってさ」
しばらく考えた。だが、溜息をついて口を開いた。
「シュトライザーの家を継げと言われたんだ」
「…………え?」
ガラスケースから視線を上げなかったオスカルが、事の深刻さに気づいて顔を上げた。珍しくその目が、焦ったように揺れていた。
「ランバートとの結婚、反対されたってこと?」
「そっちの方がよかったな。ランバートとの結婚は認めてくれるそうだ」
「じゃあ、愛人を作れってこと? だって、跡取り」
「まぁ、平たく言えば子供だけはどうにかしろって事だ」
「それ、ランバートも知ってるわけ?」
「あぁ」
「……最悪。なるほど、それは二人でパニックだよね」
深く納得したらしいオスカルの目は、怒っているように見える。だからこそ、ファウストは笑えるんだと思った。
「俺はもう家と縁を切ってもいいと思っていたんだが、ランバートは家族を大事にするからな」
「なんだかんだ言って仲がいいんだよね、あの一家。ジョシュア様もあれで愛妻家で息子大事な人だし」
「わかり合えるように、最後まで道を考えたいと言われたんだ」
「ランバートらしいな。苦労背負い込んで、もう」
オスカルの目が再びガラスケースへと落ちた。
「いいの、選ぼうね。婚約指輪だけど、約束のものだからね」
「あぁ、そうだな」
笑って、ファウストもケースの中を覗き込む。そして一つずつを見ながら、これを渡したときランバートはどんな顔をするのかと、少し不安で、楽しみになった。
その時ふと、目に止まった指輪があった。
プラチナの台に、黄色い宝石がはまった指輪。その黄色があまりに透明で美しく、ランバートの月のイメージと重なった。しかも指輪のモチーフ自体が三日月で、月が宝石を抱え込んでいるような感じなのだ。
「これがいい」
「え?」
思わず呟き指を差した指輪を見て、オスカルは少し驚いた顔をした。
「ファウスト、大丈夫? これ、イエローダイヤモンドだよ?」
「イエローダイヤモンド?」
値札を見て、流石に驚いてしまった。周囲の指輪よりもゼロが一つ多いのだ。
それでも、出せない額ではない。何よりランバートには金では払いきれない沢山のものをもらっている。
「これ、宝石の王様って言われてるんだよ。しかも色が深くて綺麗。まるで」
「月みたいだろ?」
笑ったファウストは店員を呼び、迷わずその指輪をみたいと伝えた。黒い布の上に置かれた指輪はやはり綺麗で、ランバートのイメージそのままだった。そしてサイズは偶然にも、ランバートのサイズだったのだ。
「これがいい。あいつのイメージそのままだ」
「いいけどさ。大丈夫?」
「けっこうため込んでるぞ」
「マジか。まぁ、ファウストがショッピングで大量買いとか、見たことないしね」
すぐにその指輪の購入を決めると、店の方があれこれ忙しくなり、綺麗なケースにリングピローまでつけた状態で出てきた。
これをはめるランバートは、どんな顔をしてくれるだろう。ケースの上から愛でるように撫でたファウストは満足な笑みを浮かべて店を後にするのだった。
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