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―レモンミント・モーニングウォータ―
『穂咲が〝ちゃんと行くから〟って言ったから、待ってるって。あの黒猫ちゃん』
駅ロータリーから走り去ったタクシーの赤いテールランプが夜闇に消え、からかい混じりに彼を送り出したはずなのに、ポツンと取り残された気分が鶴見叶を襲った。
梅雨時の湿気を纏う夜。もうすぐ終電が出てしまうのに、動く気になれない。ほんの先ほどまで笑顔でいられたのに。諦めにも似た小さな溜息を零したのと、通勤カバンの中で短いバイブ音が鳴ったのは同時だった。
スマホを取り出し、メール着信を確認する。差出人はたった今、送り出した彼だった。
――親友、これからも傍に居ろよ。
画面に浮き上がったひと言に、知らず、涙が零れ落ちた。
それは安堵。ようやく“どんな自分”でも、彼が傍に居ろよと引き止めてくれる存在になれたのだと、そう思った。
決してアイツと同じ様に追いかけてくれる事はないとしても。
「今夜、一人はキツイなぁ」
来るもの拒まず、去るもの追わず、傍観者には傍観し返す。そんな穂咲の“親友”という立場を得たというのに、どこか置いてきぼりをくった子供の様な、この心細さは何だろう。
叶は腕時計を確認し、まだ馴染の店が開いている時間であることを確認した。
学生時代から事あるごとに通う、彼との思い出のある店でもあるけれど。
「一夜の温もりなら、あそこで見つけられるだろう」
そうして叶は、重厚な木製ドアが印象的な、スポーツBar“Crescent”に向かった。
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