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百瀬は、すんすん洟をすすりながら、竹内先生の自宅前にじっと立ちつくしていた。
呼び鈴を何度か押したが、まったく返事はない。
寒風吹き荒ぶ庭先は荒涼として、枯れ草がおのれ同士で絡まり果てているのみだ。
百瀬は細かく震えながらすでに三時間ほど先生宅前に佇んでいた。
中から人の気配がない。外から先生が帰ってくる様子もない。すでに日はかなり傾いていた。何となく胸がさわぐ。
昨日とは打って変わって、先生宅は廃墟の様相を呈している。そう感じ、もしや、と玄関マットをめくってみた。
以前教えてもらった通り、そこには玄関の鍵が潜んでいた。
ということは外出中なのか……百瀬はためらいながらも鍵を取り上げ、玄関の鍵を開けて
「しつれいしまーす」
小声でそう宣言して、玄関を上がっていった。
内部はいつものことながらきれいに片付けられている。しかし、百瀬の胸騒ぎはますますひどくなる。きれいだ、というより、何もない、と言えそうだった。
定まらぬ視界の隅に、太郎はそれをみつけた。
書斎の文机の上に、白封筒がひとつ、置かれていた。
脇には、竹内先生が愛用していた万年筆が添えられている。
封書の表に、
「百瀬様」
とある。胸騒ぎが最高潮に達し、百瀬は喘ぎながら封筒を取った。
中の手紙は、室内とひとしく簡潔なものだった。
「原稿のことは、すまなかった。後は君に委ねる。君ならできるはずだ」
目の前がまっ白になった。
竹内先生は、去っていった。もう二度と帰る気はないのだ。
これを鬼谷に知られたら……百瀬の背中を師走の朝の霜より冷たい汗が伝い落ちる。
コロサレル
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