オータムブロッサム

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「大丈夫だった?」  もっと気の利いた言葉は無かったか。目の前の女の子は目に涙を浮かべ俯き、どう見ても大丈夫ではない。  祐樹は痴漢を捕まえた。満員電車、人の波、その水面下でこっそりと蠢く男の腕を、祐樹は偶然にも捉えた。その矛先は隅に追いやられた制服の女の子の臀部に向けられている。  痴漢だ。考えるよりも先に体が動いた。スーツを纏った中年の男が気付くよりも先に腕を掴み上げ、こう叫んだ。「この人、痴漢です」  結局、男は痴漢の常習犯だということが判明し、警察に連行された。長い取り調べから解放された祐樹と女の子は、互いに無言で駅のホームに立った。 「えっとさ、とりあえず今日は家に帰った方が良いと思う」 「…いえ、大丈夫です。学校、行きます」  風に消え入りそうな、心もとない声だった。言ってから、女の子は顔を上げて電車の乗車位置へとふらふらと歩み出た。見ていられず、祐樹は後を追った。電車の進行方向は同じようで、二人は同じ電車に乗った。そして、同じ駅で降りた。  不思議に思いながらも、祐樹は通学路を進む。冬の通学路、街路樹が葉を全て落とした道でふと振り返ると、女の子も後ろをとぼとぼと歩いて来る。。そこで祐樹は初めて気が付いた。女の子が着る制服のブレザーは、祐樹の通う学校のものだった。胸には一年生が付ける緑色のリボン。校舎の最上に設けられた時計の分針が頂点を差し、辺り一面にチャイムが鳴り響いた。
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