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「その、雨って何か良いよね」
「は、はあ…」
「別に良くはないか…」
もう走って逃げてしまおうかとすら思った祐樹だったが、思いもよらず目の前からくつくつと笑い声が聞こえた。見ると、女の子が口に手を当てている。
「ごめんなさい…何だか可笑しくって」
「ご、ごめん。変なこと言っちゃって…」
「いえ、笑ってしまいすみません」
女おこの笑顔を真正面で受け、祐樹の胸はどくんと跳ねた。初めて見る彼女の笑った顔は可憐で魅力的だった。
「先輩、ですよね?お名前は何というのですか?」
「俺?俺は、山下祐樹、です」
「山下さん、ですか。この間はありがとうございました」
深々と頭を下げる女の子に、祐樹はすっかり恐縮してしまう。そんな、別に、などと口をもごもごさせてしまう自分が恥ずかしい。
「助けて頂いたこと、ちゃんとお礼をしないといけないなと思っていたんです」
「当然のことをしたまでだよ」
「優しいんですね」
女の子はふわりと薫るように笑みを浮かべて見せた。形の良い淡い桃色の唇がにこりと笑う。
「き、君は何て名前なの?」
「私は高橋美幸と言います」
美幸は再び頭を下げ、それにつられて祐樹もお辞儀をする。高橋さんか。祐樹は高鳴る鼓動を感じながら、美幸の笑顔をもう一度脳裏に浮かべた。それは春の色をした、くすぐったくもありじれったくもある、不思議な心地だった。
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