最終話

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最終話

「それにしてもカフカさんはとてもいい男です特にこの腕なんかたくましくて立派です何かスポーツでも」 「い、一応ジムには」 「まあなんてたくましいのかしら言われてみればカフカさんのお顔はいかにもスポーツマンっていう感じですわもう私一生涯忘れられないわ」 「……あの、失礼します」  気のせいだろうか。二人分の舌打ちがヒガキの耳に届いた。 「何ですかヒガキさん。今いいところなんですが」 「そ。私とカフカさんがいいところなんだけどね」 「あら姉さん、勘違い独身の寝言なら寝室に行ってから思う存分どうぞ」 「……はあ?スクエこそ、早く自分の巣に戻って大好きな電車に囲まれながら寝なさいよ。私はこれからマイダーリンと寝るから」 「は?」 「は?」  そして助けを求める子犬のような瞳のカフカ。かわいそうに、双子の気迫に押され続けて先ほどからほとんど喋っていない。 「……あの、先ほど、お父様の傍にいる者からまた電話がありました」 「え、もしかして内容変わったの?」 「それで、どうなったんですか?」  まさに食いつくように身を乗り出す二人。しかし彼女たちの手は決してカフカの腕を離してはいなかった。むしろ握りしめると言っても良い。  ヒガキはできるだけ一息で吐き出すように言った。 「『なんか訂正しすぎてよくまとまらなくなってきたからいったん全部白紙に戻す。あとついでに娘二人も連れてきて話したい。カフカ君にはごめんって言っといて』だそうです」  唖然。いや、空白。そうだとしかとらえられない表情が二人にあっという間に浮かび上がった。  対極に少し口元が緩むヒガキ。それはそうだ。大岡裁きのようなよくわからない縁談話にピリオドを打てるのだから。 「ですので、今回の縁談の話はなかったことになります。カフカさん、ご足労いただいたのに申し訳ございませんが、いったんお引き取りを」 「え……ああ、分かりました」  それ以上は何も言わない今日一番の被害者。残念なような、ほっとしたような、何が起こったか未だにわかっていないような、そんな顔である。 「フエさんとスクエさんも、出来るだけ早く支度をしてください。この後お父様の病院までお送りします」 「……あっ、うん」 「すぐにしてきます」  のそのそと立ち上がる二人。冬眠中のクマのように鈍い動きで部屋を出ていこうとする。さっきまでのカフカへの執着はどこに行ってしまったのだろうか。 「それではカフカさん、さようなら。男だったらもう少し肉付きよくしたほうがいいと思いますよ」  ぴしゃりと閉められる襖。最低限の挨拶をしたスクエはともかく、フエに至っては無言であった。 「……カフカさん、この度は大変なご無礼を」 「いいえ。勢いには驚きましたが、彼女たちの話はいつもコウセイさんから聞いておりましたから……。それと、僕も近いうちにコウセイさんのお見舞いに行ってもよろしいでしょうか」 「もちろんです。きっと喜びます……しかし、フエさんもスクエさんもカフカさんを放っていくなんて、おそれ多いことを……」  やれやれ、という顔のヒガキ。身分を重視しての婚姻というのは現当主が嫌っていたので、彼もあえてカフカの身分をそこまで伝えずに今回の話を双子に持ち掛けた。しかし失敗だったかもしれないと思わずにはいられなかった。 「おそれ多いなんて、僕のことを過大評価しすぎですよ」 「いえ、決してそのようなことは……何しろあなたはコウセイさんをはるかにしのぐ総資産六十億の資産家で」  ――どこかの部屋で椅子が倒れる音がした。 「そして国宝クラスの鉄道模型と巨大ジオラマをお持ちだとか」  ――襖が荒々しく開けられる音がした。 「そんなカフカさん興味を示さないとは……何ですかね、この音は」  ――近付いてくる、雷鳴のような足音が二人分。 「カフカさん」 「はい」 「……ごめんなさい」  こじ開けるようにして開かれた襖。目を点にするカフカ。心の中でもう一度謝るヒガキ。  そしてそこには鬼と見紛うような凄まじい気迫の双子が、声を揃えて叫んだ。 「それを先に言えええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
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