第1話

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第1話

 とある田舎の、古くからその周辺の地主をやっていた家の話である。  明治時代以降から酒造を営むようになり、時代を経て近隣の蔵を取り込んで一つのグループを構えた。かつて酒蔵は十分な資産を持てる者にしか国から運営を許されなかったため、それをサポートする形で二十以上の酒造会社や酒蔵を運営し、今もその経営は順風満帆そのものだった。  今の当主、東寺コウセイが家も会社も切り盛りしていたが、妻に先立たれた彼も急な病に伏して余命いくばくもない、といったような状況だった。体も心も衰弱の一途をたどり床に伏した彼に残された仕事は、次の世代へ遺言を残していく、というところまで来ていた。  その遺言の主な受け取り手は二人いる。  彼には双子の娘がいた。姉はフエ、妹はスクエといった。未だ双方とも未婚である彼女たちのことを思ってか、それとも家系の存続を思ってか、当主がしたためた遺言状には「自分が指定する男と婚約を結んだ娘を正式な家系相続者とする。なお遺産の相続もその娘が五分の二を継ぐことにする」としたためられた。遺産の額はまだ明確にはなっていないが、寄付や税など諸々を支払っても都内に戸建てが何軒も立てられるくらいの金額になるらしい。  つまり、見合いをしてどちらかは身を固めてくれ、ということである。  娘二人はそれまでの二十年ほどは何不自由ない生活を与えられており、またそれぞれが不満がない生き方の選択ができていたため、父の残したその遺言にこれといった不服はないようであった。いい夫と父の遺産を相続できてもよし、そうでなくてももうしばらくは自分の生き方ができるのでよし。そのような状況なので、ドラマでよくあるような「当主の遺産をめぐる一家内のゴタゴタ」のようなものは起こる気配もなかった。  そして今日は、父が指定した男とその娘二人が初めて顔を合わせる日である。時間は太陽が地平線へ放物線を描いて落ち始めた頃、場所は東寺家の屋敷だ。  今、例の男が通されている和室から、襖を隔てた隣の部屋で娘二人は顔を合わせている。 「で、スクエはそっちにいる人について、どこまで聞かされてんのよ」  素っ気ない雰囲気を出していながらも、マスカラ、アイブロウ、アイライナー、チークにグロスなどまさに化粧の完全武装、最強フォームでいるのは姉のフエである。上品を保ちながらも女性らしさを前面に押し出した、袖付きの紺色のドレスを身にまといながらも、その下には獲物を狙うギラギラとした目の野獣が潜んでいるのである。 「姉さんが知らないんだから、私も知るわけないでしょう。そんなに気になるなら見てみればいいじゃないですか」  対面に座る妹のスクエは大人しめのオフィスカジュアルの装いである。白いブラウスにピンクのフレアスカートといった、こちらもこちらで女性らしい印象を与える。  鎖骨にかかったセミロングヘアのフエに対して、ふわりと浮いた印象を受けるミディアムヘアのスクエなので、服装や髪の長さ、そして活発なフエと内向きのスクエの態度で二人の見分けは難しくない。一卵性双生児故に顔はそっくりとはいえ、しかしその点以外は全くの他人と表現しても良いくらいである。  しかしそんな二人も、自分たちをここまで育て上げた父親が死に際に推薦する男がどれほどの人物なのか、ということは遺産云々の話を抜きにしてもかなり気になるところではあった。これまでに父は二人の異性関係に口酸っぱさは出さなかったにしろ、食卓を囲った時や泊りがけで出かける時に詮索してくるなど、彼なりに気遣っていたのは娘たちも勘付いていた。二人が今回の話を素直に引き受けたのは、父親に娘が与えられる喜びを今までに与えられなかった、その埋め合わせのつもりでもあった。
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