前編/1話 1-1 

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「さっきの男の子もそのクラブの仲間なんですか?」  静が問う。鳳梨は改札を通ろうと一旦、静から離れてしかし目線は外さずに答える。 「うんそうそう、クラブの中じゃ年も近かったしよく話してましたよ」  ふたり並んで改札に携帯をかざす。織羽は静の後ろにつき磁気券をポケットから取り出している。  彼女に異性の友人がいるとは驚きだった。他人の口から聞く友人の話は新鮮で面白かった。  そして、改札を抜けてもっと日柳の事を聞こうとした時、 「面白い嘘をつくねぇ君」  嘲笑うような低い声がした。鳳梨から視線を外し、静は正面を向く。  誰もいない駅内にひとり立つフードの男。先ほど路地で見た連中の片割れだった。  男の悠然とした様子に静はきょとんと立ち止まる。  唐突に訪れた異変と違和感と焦燥感に対応できずに男をじっと見つめてしまう。  男がなぜそんなところにいるのかも理解できなかったが、なにより今まで周囲にいた人間がことごとくいなくなっているのが不可解を通り越して異常としか言いようがなかった。  そして、その光景が当たり前のように平然と立っている男が静は怖いと感じた。 「蒼月さん、ごめんね!」  そんな状況でいち早く動いたのは意外なことに織羽だった。  驚いて振り向いた静を抱きかかえた織羽は鳳梨の前を走り抜けて、地下鉄のホームへ降りられる連絡通路口へと向かう。 「織羽さん!?」 「鳳梨さん!こっちです!」 「ふぇ!?あ、えっ、ちょっと待って!!?」  鳳梨は一瞬躊躇するがフードの男に気をつけながら織羽の後を追った。  男は彼女達の背中をただ見送った。 「あれ?お話ししないの?寂しいねぇ」  階段の下へ消えて行く頭を見つめながら独り言をつぶやく。 「まあ、別にいいけど」  男は楽しそうに言いながら、胸の前で手を擦り合わせる。 「場所を変えればいいだけだしね」  くすっと笑って手の中のものを宙に勢いよく放つ。  それはピンポン玉くらいの大きさの水球だった。  大粒の水滴と共に弾けて光る。目の高さまでふわりと飛んだそれを男が視認した。  反応するように反射した水面の上を魔術文字が滑る。 「<代(とし)て解(かい)せ>」  男は淡々とその言葉を唱える。それはただの言葉ではなかった。  散った水滴と水球が言葉に紡がれ形を変える。  それは大量の細い言葉の糸となり、円状に男を囲む。 展開した魔術は天と地に水面を生む。 「さてさて果たして彼女には”読める”かな?」  男は横薙ぎに腕を振るう。  言葉の糸は回転しながら四方に散り結界に飲まれた。  目元を隠すフードの下から彼らが去った方向を横目で見やる。  そして、心底楽しそうに口元を歪めた。    ふたりの後を追いながら鳳梨がちらりと背後を見る。  何かを確認するように遠くの階段を睨み、織羽の背中に再び視線を戻す。  「ちょっと待って織羽さん!」  鳳梨の呼びかけに織羽が立ち止まる。  振り返った顔は訝し気だ。静も困惑した顔をしている。 「どこに行く気ですか?」 「電車に乗るんです。早くしないと乗り遅れる」 「えっ!?乗るって」  こんな状況で何を言っているんだ、と今度は鳳梨が困惑した。  どう考えても普通に電車が来ているわけはない。  しかし、説得をするにもどう言っていいか言葉に迷う。 (混乱しているんだ。どうしよう)  鳳梨は考える。本当はフードの男が出てきたところで駅の外へ引き返すつもりだった。  これ以上逃げ場のない方へと行きたくないが、織羽はその場でソワソワとしていて動く様子がない。  ホームに電車が来ているとなぜか信じ込んでいるようだった。  鳳梨と織羽の間に微妙な空気が流れる。  そんな中で状況が読めず、一番困ったのは静である。  来た道を引き返したがっているように見える鳳梨と電車に乗って逃げようとしている織羽。  正直、気持ち的には鳳梨が織羽についていってくれた方が安心が出来る。  織羽が「電車が来る」と言った根拠は不明だし補償もないが、もし電車が来なくても歩いて隣の駅まで行けば流石に状況も回復する気がする。  鳳梨にもフードの男に対するなにかしらの対策があるのかもしれないが、それでもあの怪しい人物がいる階層へ戻るのは不安であった。  それに、と静は先ほど感じた違和感を口にした。 「鳳梨さん、あの人と知り合いなんですか?」   グッ、と鳳梨の顔が僅かに歪んだのを静は見逃さなかった。 「それは・・・」  そこまで言って黙る。 (知らない、とは言わないんだ)  バツは悪そうだが、誤魔化そうとしてはいない。   「静さん」 「ちょっと待っててください。織羽さん」  少しの沈黙。  急いでいるのは解かっているが、彼女の返事を聞きたかった。  そして鳳梨が言いかけた言葉は、ぴしゃり、という水音にかき消された。 「えっ?」 「はっ?」  音の出所に目を向けた静と織羽は同時に驚く。  それは織羽の足もとの張った薄い水だった。  よく見れば1センチ程度の水がいつの間にか床一面を覆っている。  「しまった!!」  鳳梨の顔色が露骨に変わった。慌てたように静たちの方へ手を伸ばしながら走り出す。  鳳梨の突然の挙動に織羽は思わず2、3歩下がる。  織羽がハッと目を見開き、周囲を見回した。  水面から吹き上がる様に水の柱が数本しぶきを上げながらせりあがってくる。  それらは織羽と静に狙いを定めて包みこむように収縮した。 「蒼月さん!」  叫んだ鳳梨が左腕を薙ぐように振るう。ヒュッ、と風を切る音とともに水柱がいくつか切れた。  しかし、水柱はそのままふたりに襲い掛かり抵抗する間もないまま飲み込んだ。
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