前編/1話 1-1 

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前編/1話 1-1 

 軽やかな鈴の音に呼ばれウエイターが来客へと駆け寄る。  そして、申し訳なさそうに女子学生たちに満席であることを告げた。  喫茶『双子のライブラ』は今日も賑やかに繁盛している。  カウンター席十席がテーブル席八席、客の大半は名物ケーキセット目当てだが、ランチメニューもおいしいと評判の都内屈指の穴場カフェだ。  別名『図書館カフェ』とも呼ばれており、数万点の電子蔵書を目当てに来店する客も多い。  客層は老若男女満遍なく満席の店内も年齢層はまちまちだが、その中でも一際目立つ一席があった。店の角の席に座る男女だ。  一人は近隣の都立高指定の緑色を基調とした制服を着た少女だ。薄い夕焼け色の瞳を細めて笑うたびに、絹糸のような長い黒髪がさらさらと揺れている。  その対面で少女と同じく楽しそうに談笑に興じているのは同世代の若者ではなく、中年の男性だった。がっしりとした体格に似あわない弱弱しい雰囲気の、くたびれた男だ。  彼は温和な人間なのが一目でわかる柔らかな笑顔を少女に向けている。  年こそ離れているが蒼月静《あおつき しずか》と織羽國定《あおつき しずか》はライブラで出会った知人同士だった。  数か月前に織羽のファンである日柳翆《くさなぎ すい》を仲介に交流ができ、ライブラに来る時にたまに話す仲になった。  織羽は画家であり、静は友達と行った彼の画廊の感想を語っているようだ。 「あ、しまった」    静がぽつんとつぶやく。  つい手元を見ずに伸ばした手がコップを突いた。  カタン、と音を軽い音をたててコップからこぼれた水がテーブルの上の手帳にかかる。  静は慌てて手帳を拾い上げた。夕緋色の瞳が細まり、手帳を入念に凝視した。  外側から見る限り、カバー内の紙の部分は濡れていないようだ。 「日柳さんに謝らないとな・・・」  ホッとした静がハンカチを織羽に返してお礼を言う。  そして、ポケットから取り出した自分のハンカチで手帳をくるむとコップと離れた位置に置いた。  織羽はやれやれと微笑みながら紅茶が注がれたティーカップを静に渡した。 「日柳さんの手帳、表面が少し濡れちゃいましたけど中身は大丈夫そうです」 「それはよかった。でもあの子が忘れ物なんて珍しいですね」  自分も紅茶を啜りつつ、のほほんと言う織羽からティーカップを受け取る。  そしてテーブルの上のスマホで謝罪と手帳の状態についてのメッセージをポンポンと送った。 「蒼月さん、気をつけなきゃだめですよ」 「ええ、本当に。なんか今日水難の相が出てるみたいで」  静は受け取ったティーカップに口をつけながらため息交じりに言う。 「水難の相?なにかあったの?」 「ひどいんですよ、織羽さん」  少女はひどくしょんぼりとした様子で今朝からの経緯を振り返る。  賑やかな喫茶『双子のライブラ』の一席で蒼月静と織羽國定は話続けた。 「今朝から変なんです。何にもないのに起きた時に指先が濡れていたし、登校中と体育の時も水を被ってそれに・・・」  静は首から下げたお守りをテーブルの真ん中に置いた。織羽が不思議そうな顔をしてお守りに触れると口をむっと曲げた。 「濡れてますね」 「そうなんです。しかも乾かないんですよ」  織羽の眉に皺が寄る。 「・・・なんだか不気味ですね」 「ええ、本当に。ちなみに今朝の占いのアンラッキーアイテムは冷たいものでした」 「そこまでくると本当に予言みたいで怖いですね。今日は水辺には近づかないようにしましょう。泰見公園とか」 「確かにあの公園大きな池がありますもんね。行ったらいよいよ死にそうです」 「物騒なこと言うもんじゃないですよ」  静がお守りを首にかけてスマホを手に取ると、ちょうど日柳から電話がかかって来る。  静は織羽にスマホ画面を見せてチョイチョイと指で指すと織羽はカップを上げて答えた。  静がスワイプして電話に出ると少し焦っているような友人の声が聞こえる。 『静、まだライブラ?』 『うん、織羽さんも一緒だよ。ごめんね、手帳濡らしちゃって・・・』 『別にいいよ。唯のスケジュール帳だし』 『本当にごめん。中身は無事だから、日柳さんはもう学校?よかったら届けるよ』 『うーん、じゃあ日見ノ森駅《くさなぎ すい》のバス停まで来てくれる?』 『バス停ね。わかった』  静がそういうと早々電話は切れた。  日柳の通う学校は全寮制だ。この喫茶店から電車で30分、日見ノ森公園駅からバスで1時間の距離にある。  まあ、学校からの道を引き返しているのかもしれないと特に気にせずに織羽に向き直った。 「織羽さん、日見ノ森駅で待ち合わせです」 「そっか、じゃあ僕も一緒に行きますよ。最近あのあたりは物騒みたいですから」 「そうなんですか?」 「なんでもマントの不審者が出るとか出ないとか。通り魔事件も何件か起きている様ですし、ボディーガードやりますよ」 「お願いします。それでは早速行きましょう!」  勢いよく立ち上がって会計へと向かう静の背中を見送りながら、織羽は茶の残りを飲み干すとレシートを掴み、すぐに彼女の後を追った。
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