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娘がいなくなった
あの子いなく
ジョンは怒りで我を忘れていた。
「俺の娘はどこだ?」
娘が行方不明になったのだ。普段は温厚であるジョンであっても、娘が行方不明になっては慌てるのも無理はない。
「俺の娘はどこだ?」
ジョンはまず、娘の最後の目撃情報があったクラブに入っていく。
クラブの入り口には屈強なピエロの大男が立っている。
「あんたの娘なんか知らない。勝手に入らないでくれ」
ピエロの大男はそう言ってジョンを通せんぼするが、怒りに満ちたジョンを止められるはずもない。赤い鼻と白塗りメイクがジョンに威圧感を与えているが、無駄なのだ。
ピエロの大男にアッパーをくらわせたジョンはクラブに入っていき、踊っていた侍に蹴りを入れて問いただす。
「この侍!娘は最後にお前といたらしいんだ!娘はどこだ?」
侍は刀を抜きジョンに斬りかかる。名刀マサムネがジョンの頬に傷をつけることに成功した。クラブ内のレーザーがジョンの血が飛ぶ瞬間を照らす。
だが、ジョンはひるまない。
「俺の娘を返せ!」
そう言って侍の刀をはたき落とし、侍に馬乗りになりタコ殴りを繰り返す。
「北極に連れて行かれたでござる。カウボーイに会うでござる」
侍がそう言った数秒後には、ジョンはクラブを後にしていた。
ジョンは娘の目撃情報を集めながら北極にたどり着く。
北極の基地にカウボーイがいた。極寒の中、ジョンを見るなり早撃ちしてくるカウボーイ。
基地からの明かりがジョンの足にかすり傷を作った弾丸を照らした。だが、カウボーイの弾丸をもってしても、ジョンを静止することは出来ないのだ。
一気にカウボーイとの距離をつめたジョンは右フックでカウボーイを叩きのめす。カウボーイは寒い北極では、本来の力を発揮できなかったのである。
「東京タワーに行け。そこで真実がわかるだろう」
殴られ過ぎて血だらけになったカウボーイはこう言うしかない。
すぐさまジョンは東京へ飛んだ。
東京の道の狭さに不満爆発なジョンは、浜松町駅から走って東京タワーのふもとに来た。
娘はたしかに、東京タワーのライトアップの下にいた。
美しい娘は不満げな表情を隠せない。
「ジョン、噂どおりすごい行動力ね。ピエロの大男はボディガード37号、クラブ侍はパトロン23号、北極のカウボーイはパパ8号よ。ジョン、あなたはパパ43号。正直、数回のデートでここまで執着されるとは思わなかったわ。しつこさでいうとローマ皇帝以来かしらね」
ジョンは娘の言うことが理解出来ず、必死に手をとって訴えることしか出来ない。
「何を言ってるんだジェニー!家に帰るんだ!ママの焼いたパンケーキが好物だったろ!一緒に帰るんだ、父さんがどれだけ心配したと思ってるんだ!」
ジョンの真剣な眼差しにジェニーと呼ばれた女は僅かに罪悪を感じる。
「ジェニーは163番目の名前なんだけど、あなたにとっては一つなのよね。過去のリサーチはしたくなかったけど、あなたのことパパ8号に調べさせたわ。死んだ娘さんの名前なのね。腕っぷしが強い富豪であっても助けられなかった。だから、少し似ている私に執着したわけだ」
ジェニーと呼ばれた女は、冷たい眼差しでジョンを見つめてると、5回指を鳴らして耳に息を吹きかける。ジョンは瞬く間に崩れ落ちた。自動販売機の光が眠ったジョンを照らしている。
「魔女と呼ばれて長い私は、残念ながらあなたよりも何百年も長く生きているの。最近では時間移動まで出来るようになってきたから、貢献度が高かったパトロンやパパには違う時代への旅行をプレゼントしてあげていたけど、暴力的なあなたはダメね。せいぜい東京タワー観光を楽しむだけの余裕を持って欲しい。私のことは忘れられるよう暗示をかけたので、もう探さないでね」
そう言い残し、ジェニーと呼ばれる女は去って行った。
しばらくしてジョンは警備員に起こされる。警備員の下手な英語が頭に入って来ない。
「俺は、なぜ東京にいるのだろう。いなくなった誰かを探していた気がするのだが」
ジョンは混乱した頭でトボトボと歩き出す。
路上バイオリニストが悲しげなジョンの足取りを慰めるように『忘却』の旋律を奏でる。
バイオリニストは弓の張り具合が気になり、月明かりがジョンの涙を照らした瞬間を見ることは出来なかった。
(終)
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