手紙の中の彼女

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渋谷のマークシティ下。緑色のロゴが霞んできたように思えるのは、僕が東京での生活に慣れてきたからだろうか。愛知県にある田舎の高校から東京の大学に進学して初めて渋谷に来た時には、行き交う人々がただただ華やかに見えて圧倒された。それが今は、彼らも自分とさして変わらない普通の人々なのだと分かる。渋谷の低地は人々を吸い寄せる坩堝(るつぼ)だ。 「お待たせしましたー。」 ふいに後ろから声をかけられる。ヒロアキだ。 「久しぶり!こっち来て会うと、何か違ってみえるな!」 「そうか?俺には全く同じようにに見えるけど。」 「いやいや、俺だって少しは都会に馴染んだろ?まあいいや、家近くだから、家で話そう。その方が手っ取り早い。」 ヒロアキは高校時代と変わりのない調子の良さで、僕の前をぐんぐんと進んでいく。ヒロアキと会うのは高校を卒業して以来だから、もう2年近くも前になる。しかし、彼はいつだって人と人との壁をひょいと意図も簡単に超えることが出来る、そういう奴だった。 「渋谷から徒歩圏内って、家賃高いだろ?」 僕は人混みの中でヒロアキの背を追いかけながら言った。スクランブル交差点を渡り、ゴールデン街を突き進む。 「まあ、そこはさ。親に存分に甘えさせてもらってますよ。」 ヒロアキの親は地元の資産家で、そして彼はその恵まれた環境を最大限に利用して、かつスポイルされない程度の距離を上手に保っていた。 「ユウトは?どこ住んでんの?」 「シモキタ。」 「なんだ、良いとこじゃん。」 「ボロアパートだけどな。」 ヒロアキの家と比べれば、僕の家はごくごく一般的な中流世帯で、学費こそ出してくれてはいるが、それ以外は自分で稼がなくてはならない。家庭教師とチェーンのコーヒーショップでのバイト代では、下北沢のボロアパートがせいぜい住める家賃の限界である。地元にいた時は、実家の環境の違いなんてさして気にもならなかったけれど、こうして東京に出てくると明確に差を感じる。大学のキャンパスの中をオシャレな服で闊歩するのは、東京出身の実家暮らしか、あるいはヒロアキのような恵まれたごく一部の者たちで、他の大多数は服に金をかけるほど余裕なんてない。僕は大体お決まりのジーパンに着古したTシャツという格好だった。ネルシャツでいいやと思えばそれでも構わないのだけれど、東京の華やかな空気に触れると、物欲が身体にまとわりついてくる。 東急百貨店の脇を通って、円山町のラブホテル街の端に沿って通りを歩く。 「はい、着きました。ここが東京の我が家です。」 そこは立派なマンションだった。僕のボロアパートとは全然違う。ヒロアキはマンションの入り口を電子キーで開けると、エレペーターホールの前で立ち止まった。背後ではオートロックが閉まる音が聞こえる。 「大学は歩いて行ってんの?」 「まあこっちから歩くと、体育館の方に出るから、生協食堂とかでぶらぶらする時は歩くかな。普通に授業の時は一駅だけ電車乗ってる。」 「そっか。」
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