espressivo

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 災悪の魔術師は確かにこの世に存在した。その真実は俺が保証する。  昼下がりに溜まった洗濯ものを片づけようと洗濯機に衣類を放り込んで電源ボタンを押した。が、微動だにしない。  何度押しても反応しないことに苛立って電源コードを引っこ抜くと、根元のカバーが切れて配線が丸見えの状態になっていた。そこに「ほらね」としたり顔で彼女がやってきて、頼んでもいない手洗い洗濯のやり方をレクチャーしてきた。  一週間分を手洗いしなければいけない現実に立ち尽くす俺へ「朝ごはん作ってあげる」と彼女は台所に向かい、ほどなくしてゴンと鈍い音が聞こえてきた。  「ほらぁ、言った通り」  膝を折って涙を溜める彼女の傍らには、上部の収納扉が転がっていた。 ▼  そんな日常だけならまだしも、困ったことに彼女の予言はことごとく当たった。  週明けの出社早々、上司から出向命令を下されて苦しくも花形だった基盤サービスのSEチームから外された。  「お前が悪いわけじゃない」  憐れみの目で上司は肩を叩いて去っていった。一体何が起こったのか?真実を確かめる術もなく、俺は指示された現地へ赴くしかなかった。  幸いだったのが出向先の人間関係が至って良好だったことだ。家に帰ってそのことを伝えると、どうだと言わんばかりに彼女は自慢顔になる。  「まだまだ当てるよ。この先一年は予言的中だよ。さあお客さん、どうする?今なら私を養えるよ」  「居るのはいいよ。養いはしないから夕飯と家賃以外は自分でなんとかしろ」  「え?うそ!本当にいいの?ほんとのほんと?」  飛びかかって胸倉をつかんでなお興奮醒めやらぬ彼女は、颯爽とギターケースを取り出した。  「お礼に一曲披露します!」  ひと呼吸置いて、はじまったのは聴く者を魅了する世界だった。音楽なんて有名なアーティストぐらいしか知らない。その程度の人間が聴き入るほどに。 -眩い朝陽に覆った手 そこにあるのは 求める場所なの?  歩きたい人 歩幅を合わせて ここから探す 見つけたいもの -夕陽に背を当て、やっと見つけた 帰ってきた場所 ここが私の居場所だと  唇重ね 瞼差し込むオレンジへと 告げる言葉 私にサヨナラを -歩きたい人 歩幅合わせて 見つけたよ 大切なもの  口にしないで それでもわかる ここから紡ごう 二人だけの道  歌詞全部は覚えてないけど、印象的なサビの歌詞だけが頭を巡って離れない。AサビもBサビも、ラストの歌詞も、ここまでインプットできたのは生まれてはじめてだ。  最後のイントロを演奏し終えた彼女に、自然と拍手を送る自分がいた。  「すごいすごい!まるでプロだ」  「へへん。エモーショナルな歌詞でしょ。乙女心は複雑なん」  「生き方が流れになってつながってんの?」  んーと指先を下あごに当てて、しばらく彼女は考え込んだ。あれ、俺、なんか失礼なこと言ったっけ。  「えっとね……つながってるけど違うっていうか。同じだけど、別々っていうか」  寂しげ、というよりは虚ろげに彼女は苦笑した。後に一年間、毎日見ることになる表情は、この瞬間だけたしかに虚しさが混じっていた。  「これからよろしくね」
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