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——貝沼課長って厳しい人だったっけ。
セラミックの床を歩きながら、紗和は権代との会話を思い出してクスッと一人声を漏らす。
——権代さんってお話してる時、目がキラキラしてすごく楽しそうなんだよね。昨日のことで幻滅してたらどうしよう、もう……話もしてくれないかもしれない。
入り口の前で紗和の息が止まる。机の上で会社の外線の受話器を耳に当てている権代が視界に入ったのだ。何の話をしているのかはわからないが、その表情も口調も普段に比べると硬い。
——仕事中だ。私もしっかりしなきゃ。
「失礼します、貝沼課長いらっしゃいますか?」
「はい、どうしました?」
糊で固めた顔を必死で動かしているかのような紗和の前に、眼鏡の如何にも真面目そうな課長が入り口までやってくる。
「橋田さんから頼まれて」
「あぁ、ありがとう。助かりました」
ようやく帰れると思って息をついていると、課長の後ろに並んだ机から身を乗り出している男性社員が目についた。権代だ。電話が終わったらしく、紗和がこっそり会釈するとにこりとして小さく手を振ってくれた。
廊下を早歩きで駆け抜け開いたエレベーターにもたれかかると、紗和は深い息をつく。
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