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「透くん、良かったでしょ?」
「何のことですか?」
訝しげに眉をひそめる紗和を見て、家川はわざとらしく口を覆った。
「えっまだ寝てないの!? いつもだったらとっくにやっちゃってるよ!」
——絶対に、わかってて聞いたんだ。この人。
紗和が目を伏せ口を閉じると、家川は愉快そうに口を滑らせ始めた。
「やっぱりさぁ貴女、透くんは止めといたら? 透くんだって迷惑してるよ、きっと」
家川は顔を赤らめて震えている紗和を見下ろして「あ、ごめん私こういうことズバッと言っちゃうタイプだから」と悪びれずせせら笑う。
「透くん優しいし、貴女みたいな恋愛とか何にも知らないんですーって全面アピールしてる子にははっきり言えないんだって。めんどくさそーだもん。抱かなかった理由ってそうじゃない?」
紗和はゆっくりと目線を上げた。薄い茶の瞳は存外に感情が無い。苛立ちも焦りもない、フラットな眼をしていた。淡々とした声が、冷ややかな廊下を突き抜ける。
「なぜ、そうしつこく『諦めろ』って言うんですか? 理由は多分……私の方が、貴女より権代さんとの距離が近いのが薄々わかっているからですよね」
——恥ずかしがることなんて何もない……この人が私に敵うはずがない!
「迷惑だと権代さんがはっきり私に言わない限り、止めませんよ。私は初めに『かかってくる』と宣言しています。しつこく近付いて当然です……それを迷惑だと感じるのなら、言わない方が悪いと思います」
さっきまで王手を取ったかのように大きな顔をしていた家川が塩をかけられたナメクジのようになっている。返事が無いことを悟った紗和は冷淡に畳み掛けた。
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