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振り向いた家川はその場で愕然とした。
「そこまでにしておきな……大ごとにはしたくないだろう」
彼女を見下ろす権代の瞳は冷え切っており、いつもの緩い笑顔は見る影もない。
「里沙」
権代が名残無さそうに手を離すと、一枚の葉のように彼女の右手は落ちていった。
「俺との関係は解消した筈だ。俺はアンタを嫁には出来ない。アンタは嫁になりたい。今後俺たちが歩み寄ることは不可能だった。時間を取って話し合ったし、アンタも別れることに同意しただろう」
「え、でも、確かに私はそう言ったけど、それは透くんが!」
彼の無言の昏い眼差しが何かしらを主張したがる家川の身体を貫くと、彼女の言葉は止んだ。
「……これはルール違反だ。アンタに彼女を傷つける権利はない」
やがて涙目の家川が視線を落とし、権代の横を通り抜けた。権代は彼女を一瞥だけした後、紗和に朗らかに微笑む。
「怪我はない?」
「あっはい! ありがとうございます!」
紗和は別人格のような変わり様に動揺しながら礼を言った。少し息をついた権代は胸の前で重ねられていた彼女の手を取って少しほぐす。
「えっ……あっ?」
——な、なんか手が、触られてる所が、もぞもぞする?!
いよいよ混乱を極めた紗和の反応は権代にとって大層愉快らしい。
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