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運河の街の出会い
俺の名前はフェイト。西の外れにある小さな村で育った一般市民だ。
ある日、裏山の洞窟を探検していてカッコいい剣を見つけた。その剣を抜いて持ち帰ると、なんとその剣は伝説の勇者の剣だった。
たまたま村に来ていた国の兵士に連れられて国王に会い、俺は魔王討伐の旅に出ることになった。王宮一の美人魔導師マカと、腕だけは一流のおっさん剣士サービスを護衛として俺の旅は始まった。
途中で弓使いの少女ミルクも加わり、今は4人で旅をしている。
「お。見えてきたぞ。運河の街、リバーブルだ」
「すっげー!!」
サービスの指差す先には、青く煌めく街があった。
町の中を道のように川が流れていて、水面が日光を反射させてキラキラしている。町を囲むように建てられた壁がなければ街はすぐにバラバラになってしまうんじゃないだろうか。
今まで村から出たことのない俺にはすべての景色が新鮮だ。
「まーたはしゃいで。田舎者だな」
「いいだろー!」
「田舎者をバカにしないでください!」
山を移動しながら生活する民族であるミルクが加勢して、2人でサービスに攻撃をする。
「はいはい。田舎コンビさんすみません」
だけどおっさん剣士はまた田舎者呼ばわりしてスタスタと歩き出した。
「逃げるなー!」
それを小走りで追いかけていくミルクの首を掴み、マカが止めた。
「坂で走るな。危ないぞ。サービス。お前は大人気ない」
「へいへい」
片手を上げるだけでこっちを見もしない。サービスは腕は一流だけど意地悪だし掴み所がなくてよく分からない。ま、仕事をしてくれるからいいんだけどさ。
「勇者様も。あいつの言葉に一々反応しないでください」
「はーい」
マカはクールで無駄がない。魔法使いだから少しのことで動じないように修行していたかららしいけど。もう少し冗談とか言えた方が楽しいのにな。
「もう!勇者様!早く行きましょう!ゴンドラに乗りましょう!」
「そうだな!よし!」
気が合うのはミルクだけだ。天真爛漫でいつも笑顔でいてくれる。
はやく街に行ってゴンドラに乗って、美味いご飯を食べよう。
「ご馳走さまでした!」
昼過ぎにはリバーブルに到着してゴンドラに乗って街を案内してもらった。俺たちの魔王討伐の旅は世界中にもう知られているから扱いがビップだ。
宿泊先は街で一番見晴らしがいい高台のホテルで料理も一流。最高だ。
「なあ、マカ、サービス。外に出てきてもいいか?」
「夜は危険が多い。ダメだ」
「今日は花火をやるらしいんだ」
マカに却下されるが諦めない。なんでも年に一度のお祭らしい。海岸沿いで打ち上げ花火をするらしいんだ。
「ここでも観れるだろ」
「近くで見たいんだよ!な!」
「うん!!」
ウエイターさんから教えてもらった間近で見る花火の迫力に興奮した。花火を知らない俺とミルクはどうしても見に行きたい。
「危険だ。……と言って止めたら勝手に抜け出して観にいくんだろ。その方が困る」
「わ、わかってんじゃん!」
こっそり抜け出すルートも調査済み。でも作戦がバレてたら意味がない……。
「……はぁ。サービス。私が2人の護衛をする」
「え!?俺が残るのか!?あれだぞ!祭だから人が多いぞー?」
「女や酒や食い物に目がいって護衛にならんだろ。だからだ」
「……マカ嬢ちゃんは分かってらっしゃる」
「「やったーー!!」」
サービスには悪いけど、俺とミルクは喜んだ。しかもマカも来てくれる。少しは仲良くなれたらいいなとか、俺はその時思っていた。
「お。おかえりー。祭は……何かあったのか?」
帰ってきた俺たちの暗い顔を見て、サービスのリラックスしていた態度が改まる。
俺たちは祭で見たことを話した。
ーー
「わーー!!綺麗ですね!!」
はしゃぐミルクに癒されながら俺は屋台で買ったイカ焼きを食べた。高級ホテルの高級料理も美味しかったけど、屋台の味の方が俺の舌には丁度いい。
「勇者様。大人しいですね」
「……まぁ」
実は、一度だけ家族で近くの街でやっていた祭に連れて行ってもらったことがある。だから花火も屋台も知っていた。ウェイターの自慢していた特大花火が気になったのは本当だけど、どうしても行きたいと思ったのはミルクを楽しませたかったからだ。
「ミルクにはいい思い出になったと思いますよ」
「だといいな」
いつも子供扱いしてくるマカに褒められると、ちょっと照れくさい。
「ねえねえ!2人とも!ちょっと手を繋いでください!」
「お、おう!」
「こうか?」
ミルクに言われて、少女を真ん中に3人で手を繋いだ。
「えへへ!なんかあそこの親子みたい!!」
他意はないし、ミルクは家族と逸れて一人で山に居たのを仲間にした経緯がある。たぶん、前を歩く親子を見て懐かしくなったんだろう。だけど、その例えだと俺とマカが夫婦ってことになるわけだ。
「い、いや、それはちょっと……」
「そうだな」
「……」
きっと、深い意味はない。マカのことだから、このお祭はミルクの為に来たのだからミルクが楽しいならそれで良い。そのくらいの気持ちだ。
だけど俺は、分かっていてもそれだけにできない気持ちが騒いでドキドキした。
「……勇者様。どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない!」
クール過ぎて空気の合わないマカだけど、美人なのは確かで……。あまり意識しない為に、俺はわざと明るく振舞ってミルクを肩車したりして騒いだ。案の定、マカにははしゃぎ過ぎだと怒られた。
「見てください!火花です!お空に火花が咲いてます!!」
「花火な。キレイだな」
「ハイです!勇者様、ありがとうございます!」
ミルクの嬉しそうな笑顔に来て良かったと思った。
そんな和やかな雰囲気でいたときだ。
「きゃー!!」
女性の悲鳴が聞こえてきた。
俺たち3人は顔を見合わせて走り出した。
人混みをかき分けて悲鳴の元へ向かう。花火を見るために人が密集している中、そこだけが開けていた。
「放してください!」
「ダメだ。それがルールだ」
中央には警備隊らしき人に引っ張られる女性がいた。
女性が何をしたのか、状況だけでは分からない。
「いったい何の騒ぎですか?」
マカが近くにいた人に尋ねる。それに俺とミルクは耳を傾けた。
「彼女は魚族だ。見ろ。手に水掻きがついてるだろ」
男に言われて女性の手に注目すると、確かに人にしては大きな水掻きが付いていた。
だけどそれ以外の部分は人間と変わりない。魚族はそもそも陸に長時間いられず、体の一部が鱗になっていて耳のところに海で呼吸するためのエラがある。彼女にそのエラは無いように見えるけど。
それを男に尋ねると、男は彼女のことを知っているのか訳ありそうな顔をして話してくれた。
「彼女はクォーターなんだ。母親が人間と魚族のハーフだった」
「それで、何で警備が連れて行こうとしてるんだ?」
「あんた余所者か?」
なら仕方ないと、男はこの街の法を教えてくれた。何でもリバーブルでは魚族は陸に上がってはいけないというルールがあるらしい。昔から守られてきた法で、種族間の争いを避けるため……という名目がある。その代わり人が水中に潜ることも禁止だ。
「だからクォーターでも、魚族の血がある彼女を川に戻そうとしてるんだ」
ということは、あれは正当な行為でもあるのか。そう納得しかけた。
「やめて下さい!」
「法なんだ。仕方ないだろ」
「でも、私にはエラが無いんです!川で生活なんてできません」
そんな女性の声が聞こえて、身体が勝手に動いた。
「おい!エラが無かったら水中で呼吸できないんじゃないのか?」
警備隊の男に尋ねると、男も困った顔をしていたが彼女の手を離すことはない。
「法律なんです。……彼女もこんな日に出歩かなければ……」
仕方ないんだと、男は彼女を連行しようとする。
「待ちなさい。私はこういう者だ」
「!?こ、これは!国王軍の方ですか!?」
マカの軍証を見て警備隊は敬礼をした。
「国王は差別を許さない。住み分けは大事だが、ここまでするとなると話は変わる。彼女のことは少し預からせて貰う」
「は、はい!」
「行くぞ」
男から女性を預かり、俺たちは花火の音を背に帰ることになった。
ホテルに着いたときにはもう空も海も心も沈んでいた。
ーー
「という感じ」
「なるほどなぁ〜……何で口出ししちゃうかねー」
めんどくさいという空気を出すサービスに俺はイラッとくる。
女性は今、ミルクと別室で寝ているから良かったけど、彼女には聞かせれない言葉だ。
「あのままだと殺されてたかもしれないんだぞ」
「警備隊も言ったんだろ。こんな日にウロウロしなければって。出回らなきゃ捕まえることなんて無かったってことだ。自業自得だ」
本気でキレかけたが、マカが間に入って止める。
「サービス。差別は国王の意向に反する。それは是正すべき課題だ」
「…………はぁ。忠誠心の熱いことで。マカ嬢がそこまで言うなら何か策はあるのか?」
サービスに言われてマカは考える。
「案もなく助けたのか?」
サービスの責める口調にさっき止めた怒りが再び湧いてくる。
「仕方ないだろ!あそこで助けなかったら彼女は死んでたんだ!」
「決めつけだ。逆に無策でやって助けられなかったらこの差別は王国が認めたことになる。その方が問題だろ」
そう言われたら言い返せない。頼りのマカを見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。
「サービスの言う通りだ。本当なら状況を持ち帰り、策を練ったのちに口を出すべきだった」
マカもサービスの意見に賛成みたいだ。だけど、俺はそう思わない。
「そのせいで一人を犠牲にするなんてできない」
「お前はそうだろうなー」
サービスのそのセリフは呆れと、物哀しさがあった。その悲しみの理由は、今の俺には分からない。
「とりあえず。口を出したからには何とかしねぇとな」
「すまない。力を貸してくれ」
「マカ嬢に言われたらやるしかないねぇ〜」
なんだかよく分からないが、助ける流れになっていると思う。結局助けるなら最初からすればいいのに……大人はよくわからない。
「とりあえず、明日は長に会いに行くぞ」
「直談判か。致し方ない」
「え!?速攻ラスボス!?」
「その言い方はやめろ」
サービスにコツンと叩かれ、作戦会議は終わった。
次の日、いったいどんな上手い言葉を使ったか知らないが、サービスが長との昼食会を約束してきた。
「うし!今のうちに情報収集するぞ。リバーブルでの魚族の現状。現長についてだ」
「おー!!」
サービスの音頭で俺たちは街に繰り出す。ミルクだけは引き続き保護した女性を守るために残った。
昼前には、少ないけどそれぞれが持ち寄った情報を元にマカが説得のシナリオを考える。
ある程度の準備が出来たところでミルクを呼んで4人で出かけた。
「絶対に解決して戻るからね!待っててね!ユーミンちゃん!」
ミルクの笑顔に魚族の彼女も笑顔で手を振って見送ってくれた。
彼女が笑って暮らせるために、いや、魚族のみんなが幸せに暮らせるためにもなんとかしなくちゃいけない。
その決意を胸に、俺たちは長との昼食会に臨んだ。
「いやいや〜今日はありがとうございます!私からお声かけすべきを……誠にありがとうございます」
想像より若い男が現れた。長袖のローブを羽織る姿は顔が整ってるだけに王様のマントのようだ。
「こちこそ。お忙しいところお時間を割いていただき光栄です」
俺たちは粛々と丁寧なお辞儀をする。
マカと長の軽い挨拶が済んだところで昼食会は始まった。
最初はマカもサービスもリバーブルの賑わいやゴンドラで見た風景とか彼女とはまったく関係ない話で盛り上げている。
普段は無表情のマカも今日は社交用の仮面を被ってニコニコしていた。
絶対に口を開くなと言われていたから俺とミルクは黙々と出された食事を口に運ぶ。ついでに隣のサービスの分も食べる。
「おい……いや、いい。食っとけ」
「ふん!」
鼻息荒く特上ステーキを放り込むと、マカの咳払いが聞こえた。
「それで、長殿。耳に入っているとは思いますが、私たちは昨夜1人の半魚……クォーターの魚族の女性を保護しました」
「あぁ……報告はありました。申し訳ない。まだまだ法の整備が時代に追いついていないようで」
「そのようですね。長殿が代表になられた頃から厳しくなったと、街の住民から聞きました」
「…………そうでしたかな?」
街で聞いた話だと、前の代表はもっと寛容だった。半分魚族の人も、人と世帯をもった魚族も陸地に住むことができていた。
それが今の長に変わって違法となったんだ。少しでも魚族の血が混じる場合は陸に上がってはいけないことになった。
そのせいで多くの家族は外で一緒に過ごすことができない。家の中でひっそりと暮らしている。
こんなことがあっていいはずがない。
「棲み分けは重要です。お互いの文化を壊さない為にも。しかし、リバーブルは少々いきすぎだと思います」
「…………そうですか」
「今回の調査を元に王国から調査隊が来ます。差別は争いを生む種になる。王は許されません」
「…………分かりました。心しておきます。確かに水中で呼吸のできない、エラのない者を川で暮らせというのはいきすぎでした。反省いたします」
「具体的な策を教えていただけますか?」
相手の言うことを先読みしているかのようにポンポンと言葉が出るマカに驚く。そしてそれは相手にとっては不快だったのか、長は少し険しい表情でマカを見た。
「マカ様。確かにいきすぎだと言いましたが、法の適応を和らげる程度で十分かと思います。お言葉にあった通り、棲み分けは重要です。前代表は軽く見過ぎた。彼らの血は確実にこの街を侵しつつある。それを止めるにはいっとき規制を厳しくする必要があります」
まるで侵略者みたいな言い方に胸が気持ち悪くなる。
そんなに大事なのだろうか。血とか種族とか。国とか。そんなものに固執して何になるんだ。
「何故ですか?」
「貴方達はこの街のことを知らなすぎる。無知だから言える」
そんなのどうでもいいだろ。
「魚族との長い戦争の歴史がこの街の土台だ。棲み分けをすることで平穏がある。それを管理不足で侵して、また戦争になったら私はどう責任をとればいいんだ。何もできない遠い王国がとやかく言う権利はない」
「国王はリバーブルを見捨てません」
「始まってから動かれても遅いんだ」
戦争、戦争、戦争って。
戦争がそんな当たり前なのかよ。
「何が言いたいことがあるのか?」
長の視線が睨みつける俺に向く。もう我慢の限界だ。話しかけてきたのはあっちなんだから、仕方ない。
「あんたがしてるのは言い訳だ」
「……政治を知らないから言えるんです」
「戦争も政治も俺は知らない。だけど、戦いが嫌いだってことは知ってる。街の人も、ここまでで訪ねた人たちも。誰も戦いなんてしたくない」
知らないのはお前たちだ。
「それでも戦いは起こるんですよ。権利を求めてね」
「求めてるのはいつもあんたたち贅沢人間だけだろ!街のやつらはそんなの求めてねえよ」
仲良く暮らせればそれでいい。戦争が起きないことをいつも願ってる。
だから他人に優しくして、お互いを認めて、協力して、友達になったりできるんだ。
「争いの火種を撒いてるのはあんただ!差別して、遠ざけて、嫌われて。その先にあるは本当に戦いしかない」
意地悪する奴のことなんて誰も助けない。意地悪する相手にはやり返す。その繰り返しが戦争だ。
「血が大事か?戦争よりも、争いよりも、平和よりも。あんたがしてるのは今の自分の権利や富を守ることだけだ」
「お前に何がわかる!血があると認められないんだ!この国のトップは皆そうだ!」
立ち上がった長が俺に詰め寄る。俺も睨み返す。マカとサービスが俺の腕を抑えるが、ここで引くわけにはいかない。
「お前に変える勇気がないだけだろ!周りのせいにするな!弱虫が!!」
「勇者だから言えるんだ!勇者じゃない君の言葉なんて誰も聞きやしない!」
「バカにすんなよ!俺の周りはそんな薄情じゃない」
「力の前には無意味だ。君のような田舎者の叫びなど米粒だ」
「テメエ!バカにすんな!」
振り上げた拳をサービスに止められ、代わりに足で蹴飛ばす。
「げっ!?」
転がる長を見てサービスが唸った。知るか。
だけど目に入ったものに熱が急速に冷めていった。頭が冷静になる。
あの腕の模様は……
「長殿。貴方はもしかしてクォーターでは?」
「!?見るな!!」
転がる勢いでまくりあがっていた袖を元に戻す。だが、俺たちは見た。長の腕に鱗がある。
「何で、お前……同じクォーターを……」
「言っただろ。この街は……上に行くほど歴史を語り、魚族を毛嫌いする。例え、代表の血筋が私しかいなくても……魚族というだけで長にするのを躊躇われる」
まるで親の仇のような目で自分の腕を睨んでいる。
「母は半魚だったから父の死と同時に川に返された。私は唯一の血筋だから残されたが、魚族の血がある私の言うことを聞くものなんていない。私は誰よりも魚族に厳しくすることで権利を守ったんだ。血が全てのこの街のことを何も知らずに……口を出すな……」
「やっぱり……あんたは自分を守ることしか考えてない。長のくせに。街声を聞いたこともないんだ。あんたは……」
「勇者様」
言い訳を続ける長に我慢ならない。だけどマカは間違ってることを指摘する俺に冷たい視線を向けた。
(え……)
「勇者様。あなたは……あなたは、優しい方です。だけど、心は狭い」
そう言われて、俺の頭は真っ黒になった。
それからマカが長を慰めて、2人でこれからの策や案を共に考えることになった。
俺とミルクはサービスに無理矢理連れ帰られる。と言っても、残ると駄々を捏ねたのはミルクだけで俺は大人しく言われた通りにした。
「おい。いつまで落ち込んでんだ」
「…………おち、こんでるか?」
「でるだろう」
呆れたサービスの声に自分の気持ちを整理する。
確かに胸が痛くて重い。でも、マカに冷たくされるのは初めてじゃない。何で今回はこんなに痛いんだ。悲しい。悲しいって感じる。
「なんで……」
「お前なぁー……あれだろ。心が狭いって言われたのがショックだったんだろ」
「……うん」
初めて言われた。優しいとか、正義感が強いとか、勇敢だとか、そう言われて、自分は正しいって思ってた。でも、そうじゃなかったって言われたから……間違っていたんだ。俺の考えは。正しくなかった。
「おれ……だれかを傷つけるつもりはなかった」
「あの長もか?」
「あいつは!……間違っているって思ったから……確かに、強く言い過ぎなところはあったと思うけど……」
「けど。ああ言わなきゃ変わらないって思ったってか?多少傷ついても、必要なことだって」
そう、思ってたかもしれない。でも、傷つけようというより、気付いて欲しくて言った。悪意があったわけじゃかい。
「あのな。別にマカ嬢はお前の考えを否定したわけじゃないだろ」
「……心が狭いって…………」
「そういう言い方も出来るってだけだ。正義感ってのは」
「正義感が?」
よくわからない。正義感が、心が狭いって、どう繋がるんだよ。
「正しい選択だけじゃ生きていけないんだよ。人生ってのは。どっちが正しいかって解ってても、楽な方とか、自分に得な方に逃げちまう」
「…………」
でもそれはダメな事だ。例え自分が損してでも周りの為に、将来の為にすべき選択を選ぶべきだ。
「それを正そうとする正義感は立派だよ。立派だが、それをただ押し付ける言い方は……相手の気持ちを。弱い気持ちを解ってやってない」
「!?俺は……」
「お前の考えは正しい。だけどな。弱い奴の方が世界には多い。それを解ってないと、理想を語り押し付ける、相手の考えを理解しようとしない心の狭い奴ってことになるんだ」
確かに……押し付けてた。周りの大人になんて眼で見られて、どんな言葉を浴びせられてああいう考えになったか想像もしないで……。
「でもな。勇者様はそのままで良いと思うぜ」
「は!?良くないだろ」
「何でだ?」
「正義を押し付けて……相手の気持ちを理解しないなんて……」
「まぁ。考えるくらいは出来るようになるといいかもな」
ほら。このままだと、単なる正義感バカの人でなしになる。
「でもよ。勇者様の他にその理想の姿を自信たっぷりに言葉に出来る奴はいないぜ?」
「……マカがいる」
「マカ嬢は知っての通りクールビューティだ。冷静に対処しようとする。昨日俺が言ったみたいにな」
「報告してからってこと?それじゃあ……遅いだろ」
「そ。明日には保護した女性は海の底だったかもしれないぜ」
それはダメだ。なら、サービスが言えばいい。
「そんで俺はめんどくさい事には首を突っ込みたくないタイプだからノーカウント」
「仕事だろ」
「残念だが、今の俺の仕事は各々の街の観察を報告することと勇者様の護衛だけだ」
そのドヤ顔を一発殴ってやりたい。
「はあ……あんたはいつも適当だから信頼できないんだよ」
「真っ当なご意見だな」
サービスの言葉にさっき言われたばかりの言葉が浮かぶ。慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん!」
「気にしてねぇよ。俺はそういう風に思われるようにしてるからな」
「はぁ?」
信頼されないようにという事だろうか。何で?
「そうすれば何も期待されないだろ。期待されないのは気楽だ」
「……そういう事かよ」
これが楽な方に逃げるってことなのか?
反省と後悔はあるけど、こういう考えを理解できる気がしない。心を広くって……結構難しい気がする。
「はぁ……散歩してくる」
「あんまり遠出するなよ」
「しないよ。待機してろって言われてるからな」
子供じゃないんだから言われたことくらい守れる。ましてや怒られたばかりで、マカとの約束を破るなんてできない。
これ以上、嫌われたくないし。
そう思いながらホテルの中庭を一人で歩く。
もう空は夕暮れだ。マカはいつ帰ってくるだろうか。
勝手なことばかり言ったことを謝りたいけど、今はあの冷たい眼で見られるのが恐ろしい。
こんなこと、今まで思ったことなかった。
(押し付けてたからな……自分は正しいんだから、受け入れてもらえて当たり前だって)
図々しい考えだと、今なら思う。相手の気持ちを理解していないのに、仲良くなれるわけがないんだ。
(そう言えば、今までも最後はマカがフォローしてくれてたな)
ずっと我慢してくれていたのかもしれない。そう思うと辛かった。
「あ」
会いたくないと思うと、何故か出くわしてしまう。
中庭のベンチに座るマカを見つけてしまった。
「勇者様……」
「どうかしたのか?」
逃げようと思ったけど、目が合ったマカの顔が今まで見たことない顔をしていて……つい、話しかけてしまった。
心の準備はまだできていないのに。
「別に……話合いが長引いたので疲れただけです。すみません」
「いや、その……ありがとう。最後のところをいつも押し付けて」
「それが私の仕事ですから」
マカとはあまり年齢が変わらないと思う。だけど、彼女の方が倍ぐらい大人びている。
羨ましいと、厚かましくも思ってしまった。
「俺は、ガキだよな」
俺がそうこぼすと、マカが驚いた顔をした。
「怒ってないんですか?」
「は?何で?」
マカは悪いことなんて言っていない。怒る必要なんてないし、むしろ感謝している。
「マカは俺の悪いところを指摘してくれただけだろ」
「……普通は怒る。傷つける言い方をした」
申し訳なさそうな顔をしているけど、それはちがう。ああいう言い方じゃなかったら俺はこんな風に反省なんてしなかった。
「マカは俺のために言ってくれたんだろ」
「……ありがとう。やっぱり、勇者様はお優しい」
「……やめてくれよ。どこがだよ」
心の狭い俺が優しいわけがない。
「優しい。勇者様の考えは間違っていない。今日も魚族の民を思うからこその行動だ。心が狭いというのは悪い見方で、勇気と強い意志があることだ」
勇気がある。っていうのは、よく言われる。だけど、それが良いことなのかいまいちわからなくなった。
「周りが諦め、見なかったことにする問題に挑むのは良いことだ。だけど、それによって恩恵を受けてきた者にとっては悪だ」
あの長にとって、俺は悪だった。それは別に構わない。あいつに嫌われようが、それで多くの人たちが幸せに暮らせるならそれでいい。
「悪の考えに感化されない。真っ直ぐ正しい道を貫く勇気。それを勇者様は持っている」
……そういう風に言われると悪い気はしない。だけど
「けど、それは悪に走った人達の気持ちを汲めていない」
自分の考えを押し付ける。心の狭い行動をしていた。だけど、だったらどうすれば良かったんだろう。
「それでいいんだ。そのままで。勇者様は正義を貫いて欲しい」
「でもそれだと!!」
「私やサービスにはできない。私達は目を背けてしまう。そうじゃダメだと諭す声を。力を勇者様から貰っている」
驚いた。だってマカは前から決まりや法を遵守していて、弱い人を助けていた。
「勇者様がいなければ、今日のような街を変えるほどの人助けをこんな少人数でやろうなどと思わなかった」
そんなことない。マカなら必ず助けていた。
「勇者様が居たから、『後で』はなく、『今』やらなければと思えた。勇者様の勇気があったから助けられた命がこの街にはたくさんある」
だから、変わらないで欲しい。そう言われた。けど、心が狭いと思われたくない。
「でも俺は嫌だ。マカやサービスにそんな風に思われるのは……」
「私やサービスが?私たちはさっき言ったとおり尊敬している。勇気と正義感のある方だと思っている」
「??でも、心が狭いって……」
「そう思う人もいるんだと、気付いて欲しくて言ったんだ。私たちが思っているわけじゃない」
マカたちは思ってない。そうなのか?それなら、良かった。
「俺はてっきり嫌われてたんだと思った」
「そういうつもりで言ったわけじゃ……勘違いさせてすまない。ただ、あの時は長が勇者様を睨むのを見て、憎まれて欲しくないと思って言ったんだ」
別に俺はあいつに嫌われても構わなかった。でもマカやミルクたちにそう思われていたと考えると悲しかった。
そうじゃないんだ。
「ありがとう。マカ」
「……こちらこそ。言い方が悪くてすまなかった」
良かった。良かった!
俺が笑うとマカも笑い返してくれた。
俺は、このままでいいんだ。
「……心配して損しましたね」
「別に心配なんてしてねえ」
窓から二人が話しているのが見えたから様子を見に来ただけだ。まさか先客がいたとはな。
「おじさんは素直じゃないのが悪いところです」
「お嬢ちゃんは勇者様との扱いに差を付けるのがいかんところだな」
「べ、べつに!そんなつもりは!」
「ほらほら。お邪魔虫は気付かれる前に退散するぞー」
なんか言い続けるミルクの口を塞いで俺たちはホテルに戻った。
めでたし、めでたしってことだな。
end
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