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プロローグ
「お母さん、今日は夕食の手伝いできるよ」
朝の慌ただしさをものともせずに、まだ爆睡しているであろう母親の部屋に向かって叫んでいる。
21才 佐久理央
⚪⚪⚪大学3年、政経学部、経済学科在籍中。
一人娘で父親の後継として育った環境に何の躊躇いもなく育っていた。
都内一等地に住む、なに不自由の無い生活を送っている。
理央の父親、佐久英三の所有地18階建ての最上階が自宅である。
英三は俗に言う、「やり手」と称されている。
一代で功を成し遂げた都内では5本の指に数えられる不動産業である。
関東エリアには、数10ケ所のビル所有者。
貸店舗としても多角経営をしている。
「成り上がり」「成金」
不動産会社の経営と聞くと、体格の良く、太々しい声でドスの利いたように話すと思われがちである
その通りの男には程遠い。
長身で物腰が穏やかな一見ホワイトカラーが似合いそうな、通勤ラッシュによく見かける中年男性の様である。
血液型はAB型。
里央は英三の論理的で言葉を伝える能力は、仕事に活かされているのだと思う。
今では大学に行くのは当たり前になっている。
中卒者は少数派の世の中になった。
しかし、英人は九州の土地柄の恵まれない環境で育ち、英三が三歳の時には母親は病気で亡くなった。
3人兄弟の末っ子である。
父親は3人の子どもを育て上げる前に12才の英三と死別した。
兄2人は義務教育だけは終えたことが幸いだと、今でも口癖に言う。
しかし、生活能力の無い二人の兄は、やもえず英三を施設に預ける事となった。
二人の兄が施設に預け、別れをするときの切ない悲しみが今の英三の原動力となっていた。
そんな父親の生き様を今でも尊敬している。
母親は、なんと…
姓名判断の五格と運格の画数で占い、それに加え触覚能力でもある。
両方を持ち合わせた独自による占いを生み出していた。
性格は物静かである。
しかし、商売となると人が変わったように目つきも声も様相が変わってくるのだ。
父親の所有者となっている、一階に事務所兼事業を展開している。
予約制を中心に、時として飛び入りも可能な人の人生さえも、変えようとする仕事である。
偶然が重なり必要とされた時には、久美子へのお手伝いを理央はする事となる日もあった。
それは受付窓口に座って応対する仕事である。
テレビや雑誌にも話題となり、週に1回の午後からのワイドショーにも出演している。
世の人が言う、有名人である。
美貌を武器にしているわけではない。
知的能力を存分に発揮している訳でも無い。
しかし、年相応より見た目の若さは理央さえも認めている。
かろうじて、父母の遺伝子をひとつだけ継いでいるのがある。
父親の背格好と、母親の脳波。
性格は二人の子供では無いと言われても可笑しくない、全くの別人格と言って良いだろう。
人前に立つことも、人と話すことも苦手だ。
出来るなら関わりたくない、俗に言う引きこもりである。
積極的に行動に移すことが出来ない。
人の後ろを歩く事が自分にとっても楽だと思っている。
当然、人より先に歩こうと思わない。
一番手より二番でもない、ビリでも気にし無い、競争社会には無縁な女性である。
理央が褒められるとしたら何だろう?
母親の久美子は考えても即座に答えれない。
しいて言えば・・・
きっとこの様に言うだろう!
「娘の取り柄ですか? そうですね、あえて申し上げますと、人を疑わない素直な子でしょうか」
人を疑わない?
そんな人と知り合った事は一度も無い!
素直な子?
口数が少なく途切れがちになる会話に何を以てそう言えるのか?
久美子は人を占う割には我が子の本質を知らない。
久美子より遥かにこの世で信じがたい、ひらがなやアルファベット、数字、漢字にも色を感じる、共感覚者であった。
自由な感覚のもとで、自由な空間を活かしながら書物を見ている間に、知らぬ間にその様な能力が見出された。
その様な事が切っ掛けで、友達や芸能界の人達の名前の苗字と名前の画数に色を感じ、遊び感覚で楽しんでいた。
それを人に言う気も無い。
何故なら、おそらく人は理解不能だと言うだろう。
まだ理解して貰えない者には異色とか、精神疾患ではないかと思われがちになるのを里央は危惧していた。
特に久美子には言わなかったのだ
そんな能力を神が与えること自体が迷惑な事だと思っていた。
ましてやその様な能力を活かして、生活をする気などサラサラ無かった。
当然な事である。
何故なら、そうなる事自体を好んでいないことである。
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