第一章

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 「里央、こっちを頼むね」  「はい! 分かりました」  気心知れている、この人なら何でも言える人の店で、変則的な時間を利用したバイトをしている。  オーナーである、佐久英二。  英三の上の兄である。  名声高い成功者の英三が、片田舎で貧困な生活している英二を東京に呼んだ。  飲食店経営の知識を英二が得る為、専門学校と生活資金の援助により、店の経営者として着実に行われている。  英二は持って生まれた特性を活かす客商売が向いていると健三は見込んでの事である。  見込んだだけある、英二の店は貸店舗をフルに活用していた。  10店舗のビルの1階のワンルームはコーヒショップに軽食のメニューを添えた「フリータイム」の名前で開店している。  ビルの二階のワンルームには、 一ヶ月に二回のペーパークラフトの教室の開催である。  一ヶ月に一回は、親子で創作するリース造りとコラボ企画した家族連れの菓子作り教室も大好評で開かれている。  英二には両親を早くに失ったことが、きっと頭の隅にあったのだろう。  一ヶ月に一回の介護支援制度を受けていない高齢者の方々の、生きがい作りを目的とした色々な教室の催しをしていた。  あるときには絵手紙や、貼り絵など様々な事を楽しんで貰える事が、英二の長年の夢である。  以前、里央が聞いたことがあった。  「今の時代に生きていたら、親父も母親も色んな福祉の施しを受ける事が出来るのになぁ。 オレの親父達が生きていたら、こんな事をしてあげたいと思うことを、いつか、高齢者の人達にしてやりたいんだ」  その話を聞いたのは、里央が中学の時であった。  あれから五年は過ぎた。  昨年から福祉関係に重点を置き、ようやく利用者も年々増えていると言う。  営利目的では無さそうである。  英二の妻、時子は元々看護士である。  東京にきてから働いた病院で、元々看護婦の資格を持っていた事もあり、その病院でケアマネジャーの資格を習得した。  全ての貸店舗の二階のワンルームを時子が「地域住民の触れ合いの場」としての責任者である。  責任感が強く、人当たりも優しく穏やかな包容力のある人である。  里央の母親、久美子より英二と同じく気さくに何でも素直に言える義叔母なのだ。  英二に好きで一緒になるのが分かる気がした。  仕事場まで歩いてどの位?  マンションの最上階からエレベーターで数十秒の一階は里央には最高のバイト先である。  里央の引きこもりは、このまま行くと、英三夫婦の仕事の後継ぎはムリでは無いかと心配しての事であった。  バイト先を英二に頼んで社会勉強と称し、頼み込んだのだ。  バイトしてこの冬で一年目になる。  英二は仕事ぶりを見ながら、佐久夫婦の勘違いでは無いかと思った。  たしかに積極的に話をする方では無い。  然りとて、全く口を閉ざしているわけではない。  だが、里央は商売の心得を持っ能力は優れていると見込んでいた。        
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