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サラリーマンで常連客である都内から通勤している安田がドアを開けて声を掛けてきた。
「里央ちゃん、こないだは愚痴ってしまい悪かったね」
スタスタと里央がカウンターの中にいるのをドアを開けた瞬間見て声を掛けたのだろうが、安田の言っている意味が分からなかった。
「安田さん、いらっしゃいませ。 ところで愚痴を私に言ったんですか? どんな事でしたか」
首を捻り考えているように安田には見えた。
「えっ、そんな、忘れたの? ほらぁ、彼女の事で。 愚痴った後でアドバイスが良かったみたいなんだ、有難うね」
何を以てのその様な事を言うのか理解不能であった。
アドバイス等した憶えは無かった。
たしかに安田の彼女との関係を愚痴に近い事を言っていた。
しかし、それ以上の話を聞いてアドバイス等した憶えは全くない。
本人が言うなら間違いないと、それ以上の言葉は返さなかった。
「コーヒーをホットで頼むね。いつもの様にブラックだから、砂糖やミルクは要らないよ」
「ハイ」
仕事帰り、ちょっと自宅まで帰る前の息抜きなのかも知れない。
立地条件が良いのだろうか?
徒歩で最寄りの駅まで5分位である。
朝は7時から開店している。
その為なのか?
モーニングサービスを取り入れたのが良かったのか、サラリーマンの人達が、慌ただし朝にも関わらず来てくれる。
日中の昼休み時間を利用しているOLや主婦の人達で満席になる。
引っ切りなしに出入りの多い客の対応は、思ってた以上の労働力であった。
そんな慌ただし時間が過ぎ去り、里央も一息つき始める頃に安田に話し掛けられたのだ。
(こないだ安田に何か言ったのか? た、し、か彼女の気持ちが離れて行くようで不安だと言ってはいたが、それに対して私は何を?)
やはり聞き流せなく、席についた安田に聞いてみた。
テーブルにブラックコーヒーを置いて後で話し掛けた。
「安田さん、私ね、いくら考えてもアドバイスなど心当たりが無くって! どんな事を私が言いましたっけ」
そんな質問をすると思わなかったのか、ちょっと躊躇するように顔を見つめた。
「ぁあ、そっかぁ、アドバイスだと里央ちゃんが意識無いんだね。ん、ん、そっかぁ」
その通りであった。
「僕がカウンターに座って愚だまいた時に、里央ちゃんは向かい側で目を閉じ、僕の肩に手をかけたんだ」
「あぁあ~ そうかも!」
「それでね、ジッと僕を見ながら、大丈夫だから心配しないで彼女を信用した方が良いと言ったんだ」
「安田さんを見た瞬間にそう思ったのかも。 アドバイスじゃぁ、ないわ。 それに肩に手をかけたのは彼女かも知れないわ」
「へぇ、彼女が? まさか!」
「そうとしか思えないの。 ちょっとお客様が珍しく誰もいないから、じゃぁ、教えて貰いたいことがあるの? 良い?」
不思議そうに里央を見て、微笑んだ。
「良いよ、何でも聞いて」
「彼女の苗字と名前を、このナプキンにかいて貰いたいの」
『坂本由紀恵』
どう言う分けか、電卓を取り出し数字を打ち込んでいる。
安田の顔に手をかざした一瞬だが、安田は目眩を感じた。
「安田さんの名前と彼女の名前で見てみたの。 やはり大丈夫よ。 それに彼女は安田さんに負担掛けたくないと思っているわ。それは縁談話が安田のところに来ているんじゃない? それも良い生まれのお嬢様。 お母さんが乗り気よね」
安田は空いた口が塞がらないと言う言葉が浮かんでいた。
衝撃の言葉である。
安田の家族しか、しか知れえない事だ。
そんな縁談話を由紀恵にも言ってはいなかったはずである。
「僕は、彼女にはそんな事を言ってはいない。 それに負担になってはいけないと思うのはどんな事で彼女がそう思うのかなぁ」
ユックリとした口調で里央は言った。
「何かのきっかけで知ったと思うのよ。 だから縁談話があると言うことは安田さんのご両親は彼女の存在を知らないと言うことが在ったと思うの。 第一安田さんが彼女の存在を教えてないからなのよ。 縁談話を断るなら彼女をご両親に紹介した方が良いですよ」
静かに大きく頷き素直に里央の話に耳を傾け聞いていた。
「愚ちゃた過ぎの日、彼女とあったときに僕を避けているように思えたから聞いたんだよ。 彼女は悲しそうな顔で、仕事で疲れているからそんな風な態度になったのだとお詫びしていたよ。 その時大丈夫だからって言ったんだよね」
「大丈夫と言う言葉は全てに当てはまる言葉。 彼女とは相性が良いですよ。 性格も控え目で安田さんの心の支えになる人」
「えぇ、そぉ! そうなの? そうなら僕は嬉しいよ。 里央ちゃん有難う。 やはり久美先生の遺伝子。 凄い」
カウンターに戻り安田が携帯から笑顔で話をしている。
きっと彼女であろう。
カウンターの奥から、専門学校に通うバイトの男の子、拓也が顔を出し挨拶をした。
「おはようございます。 ご苦労様です」
夕方でも出勤するときの挨拶は「おはよう」である。
店の入り口の自動ドアが開いた。
お客様である。
20代後半の今で言うイケメン俳優らしき男性が目の前を通り奥の席に座った。
目の前を通り過ぎた瞬間であった。
薄暗い影が体全体を覆っている。
男性の顔を見た。
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