消えた歌声

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 午後七時を過ぎた北野家の食卓には、炒め物の香ばしい香りが漂っていた。いつもならば帰宅するなり夕飯にありつくサキなのだが、しかし今日に限っては「ただいま」の一言も発することなく、自室に駆け込んだ。  ばたん。勢いよく扉を閉めると予想以上に大きな音が出て、サキはびくりとしてしまう。しかし彼女の昂った感情がそんなことで落ち着くはずもなく、サキは左手の手提げ鞄をフローリングに思い切り叩きつけた。その拍子にサイドポケットから携帯電話が滑り落ちる。 「…くそっ」  品のない悪態をつき、そのままベッドに横たわる。濡れた髪は枕をじわりと湿らせていく。横目に見える机上の写真立てが忌々しく感じられた。すべてはあいつのせいなのだ。写真の中で、私の横で微笑を携えているあの女が、すべての元凶なのだ。  遡ること三週間前、木寺ナツミは突然、サキの前から姿を消した。  そこが名門で、いわゆる強豪校だったから入学したわけではなかった。ただ単純に、サキの学力が古宮高等学校の入学試験をなんとか合格できるほどにはあり、加えて自宅から徒歩で登校できるという立地的好条件もあっただけなのだ。それはナツミもまた同様であり、小学生のころから共に合唱に励んできた二人が、強豪、古宮高校合唱部に入部することは、これまた何も不思議なことではなかったのである。  全国大会常連出場校というだけのことはあり、その活動内容は朝練やランニング、筋肉トレーニングなど実に厳しいものではあったが、サキもナツミも、一日足りとて休むことなく、真摯にそれらに取り組んだ。すべては幼いころから二人が掲げていた、そして古宮高校合唱部の悲願でもある全国大会優勝という夢を叶えるためであり、そのためにはどんな努力も惜しまないという覚悟は、二人にはとうにできていたのである。実際問題、彼女らは合唱部内でも群を抜いた技量と熱意を持ち、周囲からも一目置かれる存在であった。  二人が入部してから半年後、迎えた全国コンクールでは、惜しくも銅賞という結果に終わってしまった。これが最後の大会であった三年生の先輩方は、惜敗という結果に涙を流さずにはいられなかった。古宮高校合唱部の部員数の多さから、サキとナツミはまだステージに立つことはなかったが、このとき見た苦渋を味わう先輩の姿は、二人にとってその闘志をさらに燃やすためには十分な光景だった。 「私たちは、金賞を獲るよ」  そう言ったサキの言葉にナツミは頷き、二人は会場を後にした。それから三日後、三年生は引退し、古宮高校合唱部は新体制を迎えることとなった。  ここからが真のスタート。まずは一か月後に控えた市の大会に向けて念入りな調整をする。そのはずだった。  顧問の田島が発表したソプラノパートの選抜メンバーに、しかしサキはいなかった。もちろん、テノールパートの中にもいない。一年生の中では群を抜いた実力があった彼女だが、やはり経験の豊富な二年生を相手に選抜を勝ち取ることはできなかったのである。 「嘘でしょ……」  彼女が驚愕したのは自らが選抜落ちしたからではない。田島顧問の発表したメンバーに、彼女の相棒とも、戦友ともいえる部員、木寺ナツミが唯一の一年生部員として選出されていたからである。  それから市の大会までのことを、サキはほとんど覚えていなかった。これまで共に歩んできて、これからも隣で歌い続けるのだと思っていたナツミに、気づけばその実力に差をつけられていたという認められない現実を前に、彼女はただ茫然自失するしかなかった。毎日のハードな部活動をサキは淡々とこなすだけであり、いつの間にかそれに努める意味すらもわからなくなっていた。  しかしサキの転機はすぐに訪れた。一か月もしないうちにやってきた市の大会で、サキはステージを前に椅子に座り、他校の上手くもない歌を聴き流していた。この高校なら私が選抜メンバーになれると、心の中で唱え続けていた。しばらくして古宮高校が演唱するときとなった。力強く、しかし繊細で緩急のあるその歌声はやはり華麗で、もはや他校と比べるまでもなかったが、サキはその麗しい歌声さえ注意して聴くことはなかった。彼女はただナツミの歌う姿に見惚れていただけなのであった。  ナツミの歌声は聴こえなかった。彼女の歌声は周りのソプラノパートの音に完全に溶け込み、それらは一つの大きな音の塊となって、サキの胸に直接鳴り響いた。心臓の鼓動が早く鳴っていることをサキは体感する。体が、私にも歌わせろと訴えかけている。このまま本能に身を任せて、ステージに飛び乗って全力で歌いたい。ナツミの全身を活かして歌う姿を見て、サキはひたすらその闘志の炎に薪をくべていた。  当然のように金賞を収めたその大会が終わった後、自宅までの道のりの途中にサキは、つい先刻まで見惚れていたナツミを前に宣言した。 「次は絶対、私があそこで歌うよ、ナツミ」  一瞬、ナツミはきょとんとして、なんのことを言っているのかわからない様子だったが、すぐに理解すると、 「……うん」  と頷き、小さく笑った。その日の夕焼けがやけに綺麗だったことをサキは覚えている。  それからサキは今まで以上に身を粉にして部活動に勤しむようになった。  時は流れて冬が終わり、空気が少しずつ暖かくなり始めても、サキがステージに立つことはなかった。むしろ時間の経過とともにソプラノパートのメンバーが定着化し始め、ここにきてサキが新たに加入することは難しいように思われ、サキ自身、その焦りに拍車がかかっていた。新学期になって進級すれば、新たに一年生が新入部員として現れる。もしその中に天童そのものといえる歌声を持ったような輩がいてしまえば、いよいよ勝ち目はない。サキの不安は杞憂に終わることはなく、半ば的中してしまい、その焦りはいつの間にか苛立ちへと変わっていった。  新一年生の中には、群を抜いた実力を持つような逸材こそいなかった。しかしその技量のレベルは全体的に高く、サキはいつ足をすくわれるかわからない状況にひやひやし、先輩面をすることさえできずにいた。 「すごいね、みんな上手いよ。これは来年が楽しみだね」  二人が二年生になった五月の半ば、全国コンクールの県予選を前にし、ナツミは帰路に際してそう言った。みんな、というのは一年生のことに違いないだろうが、その一年生を相手に焦るしかないサキはそれを肯定できず、 「そうかな。別にそんなに上手いってわけでもないと思うけど」  と、苛立った調子で返した。 「……」 ナツミはただ何も言わずに、物憂げに下を向いた。 それから一週間後に、ナツミは学校に来なくなった。  ナツミに何かあったのかと学級担任の教員にサキが問い詰められるのは至極当然のことであった。何しろサキとナツミは毎日登下校を共にし、ともに部活動に励むだけでなく、昼食や休み時間を過ごす時でさえ、常に一緒にいたのだ。もしもナツミが以前から精神的に追い詰められるようなことがあり、そのサインを提示していたのならば、サキほどそれに気づきやすい位置にいた人間はいないと、学級担任は考えたのである。  それはサキも同様に考えていた。自分ほど彼女と親しい人間はほかにいないはずなのに、その自分が彼女の不登校の原因が全く分からないという現状に、サキは憤りすら感じていた。気の置けない友人だと思っていたのに、なぜ何も告げることなく塞ぎ込んでしまったのか。すべてが理解できないまま、サキは一人、教室の隅で弁当の卵焼きを箸でつまんでいた。  時間は止まることを知らず、ただ無慈悲に流れていく。いよいよ明日、県予選が開催されるという日になろうとも、ナツミは部活はおろか、学校にさえ現れる気配を見せなかった。 「北野さん」 「は、はい」  本番前の最終調整を終え、三々五々、部員が帰宅した後に、当番として音楽室の掃除をするサキに声をかけたのは、顧問の田島だった。 「明日、木寺さんの代わりにソプラノパートに入ってもらえるかしら」  きっと、そう告げられるのだろうと思っていたことをそのまま告げられ、サキは歓喜も狼狽もすることなく、 「…はい」  と、静かに返事をした。一週間前には覚悟していたことだ。実力ある一年生たちの存在感に押し殺されそうになることもしばしばあったが、それでも自分の方が技量に優れていることを、サキは自負していた。ナツミがいないのならば、ステージに立つのは自分だということも。  その日の帰り道、サキは梅雨の小雨を折り畳み傘でしのぎながら、明日ステージに立つ自分を想像していた。彼女は緊張してはいなかった。何故かふっと、笑いが漏れる。それは自身に対する嘲笑のようなもので、自らの実力を持ってナツミを打ち負かすことができなかった屈辱や、それをサキに味わわせるナツミに対する憤りの、いずれもが自身の弱さを際立たせていることに気づいたがゆえに漏れ出たようなものだった。  きっと明日、私たちは金賞を獲得するのだろう、サキはため息をつきながら考える。県内屈指の強豪校である古宮高校が、ここ十年の間に県予選で金賞を獲りこぼしたことは一度たりとてない。通過点に過ぎない県予選では、ソプラノパートのメンバーが一人入れ替わったぐらいではその結果に支障はきたさないだろう。 だからこそ。だからこそサキは納得がいかなくて、悔しくて、ほんの少しだけ涙が出た。折り畳み傘を鞄に突っ込んで、さっきよりも激しくなった雨に打たれながら、アスファルトの上をひたすら走った。濡れた地面に転びそうになったし、飛び出した自分にクラクションを鳴らす軽自動車もあった。サキはそのいずれも意識に介入させることなく、ただナツミのことだけを考えて走った。  なんで。なんで。なんで。やっとステージに立てるのに。やっと勝ち取った選抜メンバーなのに。なんで、こんなにも嬉しくなれないんだよ。なんでナツミは何も言ってくれないんだよ。私は明日、どういう気持ちで歌えばいいんだよ。 気が付くとサキは自室のベッドの上で二時間ほど浅く眠っていた。雨にさらされたまま放置していた髪はぼさぼさになっていて、それをとかすべくヘアブラシを探していると、床に転がった携帯電話の着信ランプが青く光っていることに気づいた。確認してみると、メールが一通届いていた。差出人は、木寺ナツミ。 「えっ」  間の抜けた声が、サキの小さな部屋に響く。もとよりサキとナツミは頻繁にメールをすることはなかったが、この一か月弱の間に関してはただの一度もやりとりをすることはなかったのだ。 「あっ、そうか…」  サキは思い出してそう呟く。思い返せば二週間前に、一応安否の確認ぐらいはしておこうと一通だけメールを送信したのである。おそらくその返信だろうと思ってサキは中身を確認したが、ナツミの寄越したメールの内容はしかしそんなものではなかった。無題のタイトルに、本文は、 「『明日、頑張ってね。』」  の一文だけ。サキはまたも煮え切らない気持ちになり、 「なんだよ、それ」  と不平を言いながら携帯電話をベッドに投げた。しかし心のどこかでは、久々にナツミの言葉に触れることができて、嬉しくなるとともにほっとする部分もあった。  二時間も眠ってしまったことで、床に就いてから眠れるか不安だったが、思いのほか熟睡することができ、万全の状態で本番の朝を迎えることができた。 「あ、あ、あ」  と、起き抜けに声を出してみるが、特にこれといった異常もなかった。考えてみれば、昨日の奇行は実に感心しないものだったのである。本番前日に雨に打たれて帰るなど、風邪でも引いたら一大事であった。  朝食を済ませてから家を出た。昨日の雨は嘘であったかのように空は晴れ渡り、サキの気分もまた清々しいものとなった。 「よし」  サキは腹にぐっと力を込めてそう言い、会場に足を向けた。結局、何を考えようとも無駄であることにサキは気づいたのだ。今はステージでの演唱という、目の前の課題にまっすぐ向き合わなければならない。そしてそれができるまでの準備は、これまでの日々の積み重ねの中で十分にしてきたのである。今はただ、全力で歌うこと。彼女はそれだけに集中することにした。  本番直前の合わせが終わるころには、サキの心拍数は少し上がっていた。事実、彼女がステージに立つのは中学以来のことで、実に二年ぶりとなるのである。なんとなく顔が強張ってしまうサキに、先輩が、 「あれ、緊張してる?」 「ええ、まあ。少しだけ。先輩は?」 「あんまり。もう、慣れちゃったかな」  笑ってそう言う先輩にサキは、素直に感心した。こういった、いわゆる場慣れというものこそが経験の差から生まれるもので、その点はやはり三年生は強いなと感じたのである。歌唱の技量のみならず、経験にまで重きを置く古宮高校合唱部の方針にサキは納得せざるを得なかった。  間もなく、古宮高校の演唱するときとなった。先輩に続きステージ横から入場し、自分の持ち場に立つ。ステージから見た客席はひどく広大に見え、きゅっと心臓が縮こまるような感覚に襲われる。審査員席を目で探そうと試みたが、指揮者である田島顧問の掲げた手に視線を吸い取られる。そうだ。今は歌うことに集中せねばなるまい。  聴き慣れたピアノの前奏はいつも以上に綺麗な音色を奏で、歌いだしのテノールの歌声もまた完璧であると言えた。続けてソプラノも入る。まるで風に乗るかのように自然にメロディーに溶け込んだソプラノの歌声を自ら体感したサキは、ひとまず安堵し、そしてまた歌に集中した。しかしここで、彼女はひとつの違和感に気が付いたのである。それは小さな小さな違和感であったが、彼女はなんとかしなければなるまいと、焦り始めた。  どうにも、歌声と指揮にずれが生じているような気がするのである。否、ずれているのは歌声とピアノ伴奏かもしれない。不安の原因はわからないが、とにかく歌の速度がどこか遅く感じていたのである。気づいているのは私だけだろうか。いずれにせよ、なんとかせねばなるまい。そう思ったサキは、ほんの少しだけ声量を上げ、周囲の遅い速度を矯正するように歌った。これで少しは、なんとかなるはずだ。そう思った、その時。サキは、自分自身の歌う速度が速いことに気づいた。すぐに声量を下げる。周りが遅かったのではない、自分が速かっただけ。ずれていたのは私だった……。サキの放ったずれを孕んだ歌声は、実にコンマ数秒ほどの刹那の間に消え去ったが、音楽に長ける審査員がそれを聴き逃すことがあるはずもなかった。  授与された盾にはめられたレリーフは、紛れもなく銀色の輝きを放っていた。黄金に光り輝くトロフィーを持ち帰ったのは、少なくとも古宮高校でないどこか他所の学校だったが、それがどこであったかなんてことをサキは覚えてはいなかった。先輩たちはみな、泣いていた。本来であれば全国大会に出場した後に引退となるはずだった三年生だが、県予選という通過点で敗退し、ここで高校合唱から身を引くことになってしまった。よもや、こんな場所で引導を渡されるとはだれも思ってはいなかった。サキもまた、これが三年生の最後の大会になるとは思ってもみなかった。  明らかなサキのミスで金賞を逃してしまったのにも関わらず、誰も彼女を責め立てることはしなかった。責められた方が楽になれるのにと、サキは何度も心の中で思った。泣きたいのに、泣けなかった。泣くことと泣かないこと、どちらが正しいのか、サキにはわからなかった。 「来年は絶対、全国優勝してね」  控室の隅で、何も考えるでもなくぼうっとしていたサキに、先輩のうちの一人がそう告げた。本番前に緊張するサキに、声をかけてくれた先輩だ。その目は涙に濡れていたが、声はどこか朗らかだった。口元の震えが、笑おうと努めていることを示している。  なんで笑っていられるんですか。お前のせいで全国行きを逃したんだって、そう言ってくださいよ。そんなことが言えるはずもなく、サキはただ、 「…はい」  と、か細い声で返すしかなかった。  その日、サキは家に帰らなかった。家から少し離れた公園のブランコに揺られながら、彼女はただ一人で合唱曲を口ずさんでいた。三時間もそうしていると、最初に流れた涙もいつのまにか完全に乾ききっていた。公園の時計の針は七時を少し回ったところを指し示している。そろそろ帰らないと家族が心配するだろうか。そんなことはもはやサキの頭になかった。ただ、あのときの自分の失敗がひたすらに脳内でフラッシュバックしていた。同時に、先輩の涙を流す姿も。 「うう……っ」  また涙が流れ出す。来年は絶対、という先輩の言葉が心の中でこだまして、消えてなくならない。なんだよ、来年って。私にどうしろって言うんだよ。  もとはと言えばナツミのせいなんだ。あいつが出場していれば。私が出ることさえなければ、こんなことにはならずに済んだのに。なんであいつはステージに立っていないんだよ。なんで。なんで……。 「なんでだよ……っ」  小さくない声が公園に響き渡る。どうせ誰もいないからと思って発した彼女の声に、しかし反応する者が一人。 「サキちゃん…?」  サキが後ろを振り返ると、フェンスの向こうに一人の女の子が立っていた。約一か月ぶりに見る、木寺ナツミの姿だった。 「ここ、二人でよく遊んだよね。砂場でお城作ったりして。懐かしいなあ」  サキの隣のブランコで揺られるナツミがそう言うが、サキは黙ったままだ。 「今日ね、実は会場に聴きに行ったんだ」 「……そう」  ナツミの言葉に初めてサキが反応する。 「じゃあ、見てたんだ。私が失敗するところ」 「まあね」 ナツミは静かにそう答える。サキは、これまで抱えてきたすべてを、一つの疑問にしてナツミにぶつける。 「ねえ、なんでいなくなったの?」  ナツミは小さく笑うだけだったが、すぐに質問を質問で返した。 「サキちゃんの目標って、何?」  サキは押し黙った。ナツミの欲する答えはわかっている。それでも、サキがそれを軽々しく口にする資格がないことは、サキが一番よくわかっていた。 「じゃあ、質問を変えるね。私たちの夢って、何?」  ナツミは逃げ道を完全に塞ぐ。幼いころからの二人の夢なんて、一つだけだ。 「全国優勝……」  言葉とともに涙がこぼれおちる。 「そうだよ、サキちゃん。私たちは全国で優勝するために毎日頑張ってるんだよ」  そのナツミの言葉にサキは声を震わせながら食い下がる。とめどなくあふれる涙は、止まることを知らない。 「じゃあ、なんでナツミはずっと部活に来ないのよ!今日だって、ナツミが…来ていれば…」  ブランコから降りたナツミはサキの前でかがむと、ポケットから白いハンカチを取り出して彼女の目じりを拭った。 「ごめんね。でもサキちゃん、いつのまにか選抜に選ばれることが目標になってたから。あくまで私たちの目標は全国優勝だって、思い出してほしくて」  そんなことで。そんなことのために一か月も学校を休んで、大会にも出ないで。サキには言えなかった。ナツミの言う通り、自分の目標がいつの間にか全国優勝からすり替わっていたことに、サキはこのときはじめて気づいたからだ。でも。 「でも、無理だよ……。私、失敗したし。先輩たちにも顔向けできないし。もうどうしたらいいかわかんないよ……」 「何言ってんの」  ナツミがサキの弱音を笑って一蹴する。 「私たちには来年がある。リベンジのチャンスがあるってことだよ」  そう言った彼女の笑顔はまぶしすぎるほどにまぶしくて、サキは自然と、自分も笑顔になった。全部、彼女の言う通りなのだ。目標はあくまで全国優勝で、私たちにはまだチャンスがある。今日のこの失敗を、意味のある失敗にするためには、もう一度立ち上がらなければならない。 「明日は学校と部活、来る?」 「もちろん」 サキの言葉にナツミは威勢よく返事をする。 二人の夢への挑戦は、再び始まった。    
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