第1章  錯覚世界

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 三月に中学を卒業し、三月の半ば頃に県立高校の一般入試の結果が判り、四月半ばから高校に入学して、四月下旬になった頃。  俺は自転車を押しながら、山の上にある高校まで長い坂を登っていた。もうすぐ、五月になり、すぐに梅雨がやってくる。桜の花びらが散り、道には花びらが絨毯のようにびっしりと敷かれていた。  校門の前には、体育教師の新人教師が朝から挨拶をしながら箒で掃いている。  俺は軽く挨拶をして、近くの時計を確認した。時刻は午前七時十五分。朝課外まで、少し余裕があるようだ。  校門を抜けると自転車に乗り、誰もが一日の中で一番体力を使うであろうもう一つの坂をスピードをつけて勢いよく駆け上がる。息は上がり、足に結構くる。俺の後ろからも他の生徒たちがこの坂に挑戦し、止まりそうにもなるが、ギリギリのところまで力を振り絞り、駆け上がってくる。  運動部の部室を通り去り、駐輪場に辿り着く。自分の一年三組のプレートの近くにあるエリアに自転車を置き、荷物を持つと、靴箱に向かう。大体、田舎の県立高校は朝課外というなんと0限目から始まるのだ。朝早くからの授業は頭に入るわけではない。だが、科学では起きてから最初の十五分、勉強するのが良いと言われているが、なんで朝課外をしなければならないのだろう。簡単に言えば、都会の同じ高校生の実力に追いつくようにしたいのだろうが、そもそも勉強というのは自分からやる事であって、強制的にやるのではないと俺は思っている。  俺の場合、高校に入った理由はただ、高卒の資格が欲しかった。これが理由である。大学に進学しようとも思って無ければ、高校三年間、それなりに生活出来ればよくて、それ以外に何も求めてはいない。  三組の教室にたどり着くと、ほとんどの生徒が教室にいて、朝課外の準備や各教科の宿題などを今になって必死に写すという作業をしている。  俺の席は、窓側の一番後ろの席であり、教室の隅、つまりは一番静かに何事もなく、誰からも注目も浴びずに穏やかな日々を過ごせるのだ。  だが、俺の席には誰かが座っており、宿題の写す作業をしている。いや、作業と言うよりも自分で解いているのだ。シャーペンで書く文字は、写している生徒並みに早く、その上、解答も間違っていない。まるで魔法でも使っているようだ。  しかし、関心している場合ではない。ここは『俺の席』なのだ。 「そこ、退いてくれないか?」  と、俺はそこで宿題を必死に解いている奴に話しかけた。 「ん?」  その人物は俺の方を見ると、首を傾げた。  灰色のスカートに紺色のブレザー服を着ており、髪を腰の位置まで伸ばし、前髪には黒のエアピンを一つつけた美少女。その目は自分の敵はその冷めきった氷のような目で俺のことを見てくる。  この西校は男子が学ラン、女子はブレザーであり、少しバランス的におかしいような気がする。どっちかに統一して欲しいものだ。そもそもこの西校は、県内でも十番以内に入る進学こうであり、毎年、十数人は難関大学に進学している。  そして、この少女。俺の知る限り、確か、物凄く頭が良くて、他の人間とあまり関わろうとしない少女だ。おまけにルックスも良くて、ネジ一本違うところが以外にも残念な点である。  名前は、氷童姫花(ひょうどうひめか)。通称・氷姫(こおりひめ)。  その名の通りの少女である。彼女は、俺をジッと見終えると、再び目の前の宿題に向かい始める。どうやら、俺の事は空気の存在らしい。それはそれでいいのだが、普通、女子が男子の席に座る事自体ありえない。普通の女子であるならば、ここは嫌がって座らないだろう。まあ、昼食の時は仕方ない事だってあるが、ここは俺の席であって、権利は俺にあるのである。  だが、俺はそんな面倒な事は起こしたくもない。  荷物を机についている付属品、フックに掛けてその場を後にする。朝課外までは少し時間があり、トイレに行っている間に終わっている頃だろう。  教室を出ると、二十分ごろに急いで投稿してくる生徒が廊下に多くいた。男子トイレは、三組のすぐ隣にある。スライド式になっており、一々、スリッパを履き変えなければならない。普段、学校内では男女共にスリッパで生活しており、そのままトイレに行く人間が多い。そして、半年後くらいには、新しいスリッパに変わっている生徒も多いと聞いた事がある。  トイレを済ませると、教室前の廊下に設置されている木棚の個人ロッカーに置いてある自分の授業道具を取り出す。参考書を二、三冊手にすると、自分の教室に戻り、席に着く。時間の三十分を過ぎた頃、俺の席には氷童の姿は無かった。終わって自分の席にでも戻ったのだろう。  俺は席に座り、荷物の中から教科書とノート、筆箱を取り出して、机の上に拡げる。  黒板の上に設置されている時計の長い針は、三十五分を指していた。チャイムが鳴る。五分後に朝課外が始めるのだ。  大きな欠伸をしながら始まるのを待っていると、英語の担当教師が教室に入ってくる。  朝から異国の言葉を勉強するのはどうだろうか。  そんなことを考えながら時間が刻々と過ぎていく。
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