第1章  錯覚世界

3/30
前へ
/32ページ
次へ
 昼休み−−−−  クラスの三分の一の生徒たちが、四限目を終えると、教室から姿を消す。彼らは、これから弱肉強食の戦いへと行くのだ。昼休みの時間と同時に売店が開き、一年から三年までがパンやジュース、弁当をめぐって格闘をし始める。開店して十数分後には、ほとんどの商品が売れ切れ状態となっているのだ。まあ、飲み物だけは売れ残る事が多い。  俺は家から持参してきた弁当を机の上に広げて、静かに食べ始める。 「伊織(いおり)。ここ、いい?」  と、俺の目の前に男子生徒が声を掛けてきた。  俺と同じくらいの身長、顔は国宝級と言っても間違いないであろうイケメン顔。  佐久間光一(さくまこういち)。  それが彼の名前である。中学の頃からの仲であり、こうして、弁当を一緒に食べる事が多い。周りの女子からは『なぜ?』と思われるだろうが、こいつはこう見えて、女子が思っているとは真逆の人間なのである。外面は良く、勉強もでき、スポーツもできる。主にテニス部員。だが、俺の前では普段誰にも見せない光一の姿を拝む事が出来るのだ。ああ、忌々しい、忌々しい。 「そういえば、今朝は大変だったな、お前」 「何が?」  俺はおかずを口の中に入れながら、光一の話に耳を傾けた。 「ほら、今朝の氷姫の事だよ」 「ああ……」  すっかり忘れていた。  朝のことなんて、俺にとってはどうでもいいことである。そもそも、女子とあまり話をしない俺からしてみれば、彼女の事なんてこれっぽっちも思っていない。 「スゲーよな。普通、奴に話しかけるような人間はいないぞ。皆、関わろうとしない。あれを見てみろ」  と、光一は自分の後ろの方を指差す。  そこには一人で静かに食事をとっている氷童の姿があった。光一の言う通り、周りに彼女と一緒に食事をしようと思う女子はいない。まだ、入学して一ヶ月も経っていないのにこの有り様だ。  光一からの情報によると、彼女は幼き頃から周りの人間と少し変わった性格らしい。その近付きにくいオーラは今も健在で、その後ろ姿は淋しそうにも見えた。 「そうだ。今度、遊びに行かないか?」 「どこに?」 「海だよ、海」 「はぁ?」  俺は面倒臭そうな声を出す。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加