婚約者

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婚約者

 赤いレンガを積み重ねて出来た、国境近くの街。商いに、荷運びなどの力仕事、働く大人が店の並ぶ通りを行ったり来たり。大人の間を、きゃらきゃら笑って子供達が走り抜けて行く。  少女は一人、にぎやかなこの日常をぼんやりと眺めていた。通りに面する店の中で、カウンター横のイスに腰掛けて。  年の頃は14歳程で、空色の大きな瞳と丸みのあるほほに幼さが残っている。長い栗色の髪を三つ編みにして、二本背中に垂らしていた。  店の中には、焼けた小麦粉と甘いバターの香ばしい匂いが漂っている。少女はゆっくりと首を回すと、通りから店内へと視線を移した。ピーク時を過ぎて、棚に並ぶ品物は少なくなっていた。  今いる客は一組だけ。年の離れた兄妹だ。兄の腰にしがみついた妹が、真剣な眼差しで黒いマフィンと赤いマフィンをじぃっとにらんでいる。兄の方は急かすこともなく、緩く笑みを浮かべながら妹のつむじを見守っている。  栗色の少女は、その様子をじっと眺めていた。けれど、彼女に見えているのは二人ではなく、二人に重ねた在りし日の自分達だ。  まだ、世の中のことが全く見えていなかったあの頃。「家族」という狭い世界のことすら、自分は正確に見えていなかったかも知れない。ただただ、大好きな彼の言葉を全て真実だと信じていた。彼は自分の望みを叶えてくれると、何一つ疑っていなかった。  あの日の約束は必ず果たされるものなのだと、つい最近まで彼女は信じていた。  ***
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