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おじいちゃんは何処か悲しそうな笑顔で「そうだといいんだがな……」と返した。
――実は秀男こと僕はずっとここにいる。ずっとこの家で幽霊としておじいちゃん――父や兄の家族の生活を覗き見していた。
深夜のバイト帰りに酔っぱらいを介抱しようとしたら突き飛ばされて僕は死んだ。どうやら頭の打ち所が悪かったらしい。
そこから気が付くと、僕は僕の死体とともに実家にいた。もう何の未練もないと思っていた実家に、だ。
そこからずっと遺影と共に僕は移動させられている。
幽霊になってわかったことだが、意外と成仏は難しい。幽霊は出来ないことの方が多すぎて成仏の王道・未練の解消なんて出来ない。ま、僕の未練が何かわからないけれど。
だから、これといってやることもなく、やるとしたら生活の覗き見というしょうもない状況に身を置かれている。
「じぃじはゆうれいこわくないの?」
ゆうかちゃんは心底不思議そうな顔でおじいちゃんを見る。
「ゆうかは怖いのかい?」
おじいちゃんはゆうかちゃんの視線に合わせてかがんだ。
「うん、こわーい!」
ゆうかちゃんは屈託なくそう返す。面識がないとはいえ、現役幽霊としてはちょっとショックのようなものがあった。
それとは対照的に、おじいちゃん――父は「ははっ」と吹き出した。
「じぃじはこの年になると死んだ知人が多いからね。むしろ、会えるものなら会ってみたいよ」
そう言って、ゆうかちゃんの頭を撫でる。
僕はその姿を見て、何とも言えない気持ちになった。反りが合わずに出て行った家なのに、年々小さくなる父の背中を見ると胸が締め付けられるのだろう。
なんだか気持ちが沈み始めた頃、玄関の鍵が開く音がした。がやがやと騒がしい人の声が聞こえてきたが、すぐにピタリと止んだ。
そのあと、バタバタという煩い足音が聞こえてきて、ゆうかちゃんのお母さんが仏間に走って来た。ゴミ箱がひっくり返って箪笥は一番下の引き出しの中身だけ全部抜かれて散らかった、この部屋に。
「ちょっと、ゆうか。これはどういうことかな?」
なるべく穏やかな口調を試みようもしているが、ゆうかちゃんのお母さん――お義姉さんは青筋を立てている。
ゆうかちゃんにもその怒りは伝わっているようで、あんなに大事にしていたひよこさんを落として「ひぃ……っ」と父の後ろに隠れた。
でも、その態度は逆効果だったようで「片付けなさーい!!」と怒鳴らせてしまった。ゆうかちゃんは「わーん!」と泣きながら上手くお義姉さんの間をすり抜けて仏間から逃げ出した。
「全く、お義父さんも孫には甘いんですから」
お義姉さんはゆうかちゃんを追い掛けず、父に怒りの矛先を向ける。まあ、この部屋の状況に何も言わなかったから、当然の結果だろう。
父が何も反論できずにいる横で、僕はどさくさ紛れにひよこさんを手に取る。死んでみてわかったことだが、幽霊でも食べ物を食べられるらしい。勿体ないなら食べておこう。多分、これはあとから捨てられるだけだし、幽霊だから体調を崩すということはまずないだろう。食べたあとは幽霊の出来る範囲で片付けの手伝いをしようと思う。
久しぶりに食べたひよこさんはなんとなくしょっぱい味がしたような気がした。
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