ACT.5

2/2
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 追いかけようとした時、腕をつかまれて足を止める。振り返ると、紗羽がそばに立っていた。 「……大丈夫です」  今までに聞いたことがない、か弱い声。彼女の手が震えている。 「やっ、でも――!」 「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい……!」  紗羽は涙をぽろぽろとこぼし、両手で顔を覆った。 「お、落ち着いて。大丈夫だから」  紗羽に向き合い小さな肩をつかんだ時、彼女の体がびくっと震えた。慌てて手を放す。 「わ、私は……自分のことを女だと思っているけれど、か、体が男なんです」  震える声で告げられた言葉に、息を呑む。 「だから、東雲さんに、ほ、ホントのことを知られるのが怖かったんです……!」  ――ハッとして、紗羽と最後に過ごした日のことを思い出した。  火傷が心配で彼女のブラウスの袖をまくろうとした時、ひどく嫌がっていたこと。  いつも長袖の服を着て、ニーソックスを履いていたこと。  そして、『変わってるところがあっていいんだって思ってる』と伝えた時、涙ぐんでいたこと。  全ての理由が分かり、胸が張り裂けそうになる。 「……ありがとう、話してくれて。ずっとこの間のことを謝りたかったんだ。何も知らないで、傷つけてしまってごめん」  紗羽は嗚咽を漏らしていたが、ゆっくりと口を開く。 「違うんです……東雲さんは悪くないんです。私が、嘘をついていたから……。普通の女の子じゃないからっ……!」 「普通なんかどうだっていい! 俺は紗羽が好きだ」  目を見開いた紗羽の頬に、一筋の涙が伝う。 「だから、ずっと一緒にいてほしい」  次の瞬間、彼女は俺に抱きつき、堰を切ったように声を上げて泣き出した。 「……大丈夫。大丈夫だよ」  俺は彼女に安心してほしくて、紗羽の背中をゆっくりとさすった。  落ち着いた紗羽は、少しずつ事情を話してくれた。  本当の名前や、自分の体がとてつもなく嫌いなこと。  ファミレスの店長は親戚で、女装して働くことを許してくれていること。  本当の自分を知られるのが怖くて、姿を消したこと。  でも本当は、俺と過ごす時間を失いたくなかったこと。  きっと紗羽は、俺に計り知れないほどの苦しみを抱えてきたんだろう。  けれどこれからは、俺が紗羽の力になりたい。俺が、彼女を守るんだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!