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追いかけようとした時、腕をつかまれて足を止める。振り返ると、紗羽がそばに立っていた。
「……大丈夫です」
今までに聞いたことがない、か弱い声。彼女の手が震えている。
「やっ、でも――!」
「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい……!」
紗羽は涙をぽろぽろとこぼし、両手で顔を覆った。
「お、落ち着いて。大丈夫だから」
紗羽に向き合い小さな肩をつかんだ時、彼女の体がびくっと震えた。慌てて手を放す。
「わ、私は……自分のことを女だと思っているけれど、か、体が男なんです」
震える声で告げられた言葉に、息を呑む。
「だから、東雲さんに、ほ、ホントのことを知られるのが怖かったんです……!」
――ハッとして、紗羽と最後に過ごした日のことを思い出した。
火傷が心配で彼女のブラウスの袖をまくろうとした時、ひどく嫌がっていたこと。
いつも長袖の服を着て、ニーソックスを履いていたこと。
そして、『変わってるところがあっていいんだって思ってる』と伝えた時、涙ぐんでいたこと。
全ての理由が分かり、胸が張り裂けそうになる。
「……ありがとう、話してくれて。ずっとこの間のことを謝りたかったんだ。何も知らないで、傷つけてしまってごめん」
紗羽は嗚咽を漏らしていたが、ゆっくりと口を開く。
「違うんです……東雲さんは悪くないんです。私が、嘘をついていたから……。普通の女の子じゃないからっ……!」
「普通なんかどうだっていい! 俺は紗羽が好きだ」
目を見開いた紗羽の頬に、一筋の涙が伝う。
「だから、ずっと一緒にいてほしい」
次の瞬間、彼女は俺に抱きつき、堰を切ったように声を上げて泣き出した。
「……大丈夫。大丈夫だよ」
俺は彼女に安心してほしくて、紗羽の背中をゆっくりとさすった。
落ち着いた紗羽は、少しずつ事情を話してくれた。
本当の名前や、自分の体がとてつもなく嫌いなこと。
ファミレスの店長は親戚で、女装して働くことを許してくれていること。
本当の自分を知られるのが怖くて、姿を消したこと。
でも本当は、俺と過ごす時間を失いたくなかったこと。
きっと紗羽は、俺に計り知れないほどの苦しみを抱えてきたんだろう。
けれどこれからは、俺が紗羽の力になりたい。俺が、彼女を守るんだ。
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