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Prologue
その年、雪が降るのは例年よりも早かった。
大陸の中でも北に位置し、国土のほとんどが高い山脈に占められているディアディラ国は『オオカミ』たちの王国だ。朝に降り積もった雪にはしゃいで突進していく子どもたちの耳はオオカミのように大きく尖っていて、太く長い尻尾が興奮でぶんぶんと揺れている。
「どこもかしこも真っ白。ノクスの毛並みみたいね」
子どもたちに交じることなく、母親の隣で読書をしていた小さな子どもの『オオカミ』は母親の言った通り、耳も尾も真っ白だ。白銀の髪は柔らか。本から目を離すと、アイスブルーの瞳で母親を見上げ、はにかみながら笑う。母親も微笑んでノクスの大きな耳のあたりを撫でてくれた――そんな時、遠くで誰かが転んだ。
「たすけにいかなきゃ」
「お母さんが行くから大丈夫よ。ノクス。貴方の、”誰かを癒す力”はね、愛する人にだけ使うものなのよ。誰でも彼でも治していたら、お医者さんのお仕事がなくなっちゃうでしょう?」
だから、みんなにも秘密よ、と母が真面目な顔で告げてからわんわんと大泣きしている知らない子どものところへと向かう。
本をベンチの上に置き、ノクスは自分の小さな手を見た。
『オオカミ』は異能を持つ一族ではないのだが、ノクスは何故か人を癒す力を生まれつき持っている。獣は仲間の傷を舐めあって癒してきたというから、その名残が強く出たのだろうと家族たちは言うけれど。
(あいする人って、おかあさまやラケや……王さまのことかなあ)
ノクスの世界はまだ狭く、まだ幼くて。
自分の母が他の子どもたちに囲まれて楽しそうに笑っている様子からノクスは目を逸らすと、本の世界に没頭するのだった。
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