16

1/1
前へ
/31ページ
次へ

16

「陛下がこの城にいらっしゃるのか!!」  アスラルの王城に突然連れていかれ、訳の分からないうちに城の一室へと案内されたノクスだったが、ファルクの館から年配の侍女であるリズがついてきてくれた。まったくの新しい環境の中でリズが教えてくれたことに、思わず声が大きくなってしまった。  リズからディアディラ王がこの城に滞在していることを聞き、喜びで胸が震えた。いくらオメガの体というものに戻り、騎士ではいられなくなったといっても、ディアディラの王族は『オオカミ』たちにとって永遠のつがいともいえる大事な存在なのだ。まだ夢と現実の狭間をさ迷っていた時にファルクから王たちは無事と聞かされていたのに、改めて王の無事を知って嬉しくなる。 「クルガとの調停が終わるまではこのお城に滞在されるようです。途中で落馬されたとかでお怪我はされていますが、お元気でいらっしゃるそうですよ」 「お怪我をされているのか……陛下の他にディアディラの者はいないのかな」  いらっしゃいますよ、とリズが返す。嬉しくて目に涙ぐんでいるノクスに布を渡しながら、リズは大きな窓を開けて反対側の上階部分を指さした。 「あちらに見える対の館、そちらの貴賓室にディアディラ王と、そのお付きの方々がいらっしゃいます。面会を取り計らって頂けるようファルク様にお願いしましょうか」 「……みな、無事だったんだ。会いたいけれど、おれのような者が会ってはお目汚し……」  できれば全員の無事をこの目で確かめたいが、こんな時に己がオメガであることに遠慮をしてしまう。 (そういえば、おれはどうしてファルクの私邸に置かれていたのだろう)  やはりオメガであることが関係しているのだろうか。瀕死だからといって獣の姿に変じるなど、おぞましいと思われてしまったのだろうか。 (……でも、ファルクは優しかったな。『オオカミ』に戻ったら、まるで他人そのものの扱いようだったけど)  肩を落とした小柄な『オオカミ』をかわいそうに思ったのか、リズはファルクに取次に走ってくれた。ノクスを城に連れてきたコルはそれなりの地位にあるようで、コルの弟であるファルクも様付けで呼ばれているくらいだから相応の地位にあるのだろう。やはり商人というのは偽りだったのだ。  やがてファルクが部屋に現れたが、その顔はノクスが『オオカミ』に戻った時と同じく無表情に近かった。まるでディアディラにいた時のファルクが幻みたいだ。 「ファルク様。『オオカミ』の方々は同じ種族、集団で生活する結束の強い一族と言いますから、ディアディラの皆さんにノクス殿を会わせてはどうでしょう」 「ディアディラ王たちもノクス殿の心配をされていたと聞いています」  リズから話を聞いたファルクの他の侍従たちも取り成そうとしてくれるが、なかなかファルクは首を縦には振ってくれない。ここに来てようやく、ノクスは自分がファルクによく思われていないことに気づいた。そもそもディアディラという独特な一族の王を始めとして、何人もの『オオカミ』を受け入れる時点で大変なのに、コルが嫁にするとか言い出したオメガの『オオカミ』まで居着いているのだ。そんなことに今まで気づかなかった己が、ノクスは恥ずかしかった。 「ファルクに迷惑をかけるようなら、大丈夫、です」  ぽつりと零したノクスの言葉を耳聡く拾ったファルクはその鋭い切れ長の翡翠の瞳を眇めた。 「……兄上に頼めば良かろう。お前は兄上のものなのだから」 「かっ、勝手に人をモノ扱いするなよ!!」  皮肉交じりに言われて、思わずノクスも言い返していた。叔父やラケには自分の意志を伝えたくて言い返すこともあったが、他人に噛みつくことはあまりなかったことだ。そんな自分に気づきながらも止められないノクスに、ファルクは無言でいる。侍従たちがおろおろとしている中、飄々と現れたのはコルだった。 「何か賑やかな声がしたなーと思えば、呼んだかい? ノクスちゃん」 「コル殿!」  ぴん、とノクスの短い尾が立ったのをファルクは無表情で見やると、嘆息をついて部屋を後にしてしまった。コルにも相談したノクスだったが、コルからの返事も良いものではなかった。リズたちから、王たちもノクスの行方を心配しているとの話を聞いて会いたい気持ちが強くなったというのに、コルは首を縦に振ってはくれない。 「ノクスに少しでも迷いがあるうちは、やめておきなさい」  ノクスは心を決めかけているのに、そんな風にはぐらかしてコルも部屋を後にしてしまう。無駄に期待させて申し訳ないと謝ってきたリズに大丈夫だからと手を振って、ノクスは広い部屋の中に一人きりになった。扉の外にはリズ以外にも女中たちや衛兵などが控えている。しかし、ディアディラでは狭いところで暮らしてきたためか、一人きりで広い空間にいるということにまだ慣れない。 (せめて、陛下の怪我の具合を確かめたい)  直接会って、言葉を交わせなくてもいい。  窓は施錠されておらず、『オオカミ』の運動神経なら多少の高さがあっても余裕で飛び降りることができる。窓から身を乗り出してあっさりと中庭に着地すると、対の館に向かってノクスは走った。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1169人が本棚に入れています
本棚に追加