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「……ノクス副団長。いくらため息をついても、貴方の身長はもう伸びません。貴方には死んでも残る立派な白の毛皮があるじゃないですか」 「ラケ。その慰め方は……ちょっと傷つく」  年上の部下であるラケにそう冗談めかして声をかけられて、ノクスはようやく顔を上げた。今年はもう何度か雪が降っていて、いつになく寒い冬になりそうだ。寒い冬は飢える者が出る。  蓄えをしっかりと行い、冬は家でゆっくりと過ごす風習のある『オオカミ』たちは雪との付き合い方にも慣れているが、西側に隣り合っている獣亜人の比率が多い国、クルガはそうでもない。弱肉強食という考えがまだ根深く、飢えると盗賊だのになってディアディラとの国境沿いまでやってくるのだ。クルガ自体は小さな国だが、様々な種族な亜人たちが住んでいるために種族間での争いも多い。  ノクスたちが住まうディアディラ国は、クルガ国とディアディラより東の国々とを遮断するような位置にある。クルガから東方へ向かおうとするとディアディラを通るか船で大きく迂回する必要があるため、国境警備はディアディラの騎士たちの重要任務だった。  ディアディラという国は、一対のつがいのオオカミから生まれたのだと言う。片割れが王となり、もう一方の片割れは王を護る騎士となった。それは今に至るまでその形を残し続け、騎士たちはずっと王族とこの国を守ってきた。先祖の特徴を体のどこかに持つ獣亜人ーー『オオカミ』になっても、『オオカミ』たちはこの国に留まりずっと生活を営んできた。  『オオカミ』」の容貌は人と同然のものだが、大きく尖った耳とふさふさとした太く長い尾は残っており、それにオオカミの顔を模した兜をかぶることで彼らを『オオカミ』の騎士と表現した。  部下たちと共に国境警備の任務についているノクスも白いオオカミ面を目深につけており、兜についている毛皮はたてがみを意識しているのでふわふわとしている。先頭を行くノクスのすぐ後ろについているのはノクスと同じ第七騎士団に属する『オオカミ』の騎士たちだ。小柄なノクスに対して、平均的な『オオカミ』よりも体躯に恵まれた部下たちはそれぞれ己の毛並みに合わせた顔の兜をノクス同様につけていて、一見本物のオオカミが馬を操っているような不気味さがある。 「ノクス様、諦めるのは早いですよ! 俺のいとこは成人を過ぎても背が伸びたとか言ってました! 牛乳はちゃんと飲まないと」 「……お前のいとこってアルカのこと? あいつ、お前より身長高いのに成人してから背が伸びたって言われたって、参考にならないなあ。あと牛乳は吐くほど飲んでいるよ」  家族同然に育ってきた部下たちがノクスを元気づけようと明るく言い、苦笑しながらノクスが返した。騎士団長は派遣される直前に落馬してしまい到底戦える体ではなくなってしまったので、この場での実質の団長はノクスだ。まだ年若く、体躯にも恵まれなかったノクスではあるが、この第七騎士団の面々だけは温かく見守ってくれた。  ディアディラ王の騎士団は第一から始まって精鋭と呼ばれる分だけでも二十はある。それぞれの一族ごとに騎士団を形成することが多く、ノクスの家は代々第七騎士団の団長を務めてきた。ノクスの父はノクスが生まれてすぐに亡くなったため、騎士団長を務めているのはノクスの叔父だ。ラケは叔父の子どもで、本来ならノクスに代わって副団長でもおかしくないのだが、ラケは頑なにいずれ団長はノクスがなるべきだと譲らなかった。 「……今年もまた、クルガとの国境近くで死ぬ者が出るのかと思うとね。我らの冬の蓄えを譲るわけにもいかないし」 「ノクス様は優しすぎるのです。そんなもん、あちらがろくに国を統治できずに好き放題しているのが悪いんだ。毎年寒い冬はやってくるのに、学習しない連中が悪い」  息まく部下に「そうだね」とノクスは返す。  それは当然ノクスも分かっているのだが、それでも目の前で苦しんで亡くなっていくのを見るのは辛い。他の種族であっても。  そんな暢気な会話もそこまでだった。不意に静寂しかないはずの森の奥から聞こえてきた喧騒に、第七騎士団は一斉に緊張した雰囲気となる。 「争う声だ。急ごう。クルガからの盗賊団かもしれない」 「承知!」  馬首をめぐらせてノクスが方向を転じると、草も枯れかけた森の中を一気にかけ始めた。身体が軽いのもあって一番馬の脚が速くなるのはノクスだ。真っ先に現場に乗り込むと、そこにはいかにもな恰好をした盗賊たちが装飾の付いた二頭立て馬車を襲っているところだった。二頭立ての馬車は横倒しになっていて、馬車にくくりつけられていた馬たちはぴくりともしていないのが遠目からでも分かる。馬車に乗っていたと思われる商人も、負けじと剣を取って応戦しているが、その商人以外に人は見えず、数は圧倒的に盗賊たちの方が多い。 「我らディアディラの土地と知ってこの狼藉か! この第七騎士団が貴様らを討伐する!!」  部下の一人が太い声で吼えながら号令をかけ、一斉にノクスの部下たちが剣を手に手に持って馬を器用に操りながら盗賊たちに切りかかっていく。ノクスは部下たちに場を任せると襲撃されていた商人へと近づいた。 「旅の方、怪我はないか? 我らはディアディラ王が直属の第七騎士団。私は副団長、ノクスと申す者」 「そのオオカミ面の兜……貴方がたが噂の『オオカミ』の騎士たちか。ありがたい」  布を頭から目深に被っていた男が、ノクスの声掛けにほっとしたような声を出した。横倒しになった馬車を盾にして戦っていたようだが、側に来たノクスが馬から降りて怪我の状況を見ようとすると、男が被っていた布を取り払った。
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