02

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「私はアスラルに戻る途中の商人なのだが、盗賊に襲われてこんな情けない有り様だ」  黒灰色の髪を持つ男は切れ長の目と精悍な顔つきをしていて、引き締まった体をしていた。商人というよりは騎士と言った方がふさわしく思えたが、それよりも体つきが分かるくらいに薄い服装をしているのが気になった。凍えるほど寒いのに外套を脱いでいるので、ずっと一人で戦っていたのだろうか。 「もう少しで片がつく、ここで隠れて待っていてくれ」 「ありがとう。……だが馬車で足を潰されてしまって、ここからは動けない。君たちが危ないようなら俺はここに置いていってくれ」  男の低い声には疲労が混じっていた。ノクスは馬から降りると男に少し警戒しながらも近づき、男が馬車を盾にしていたのではなく、片足が横倒しになった馬車に巻き込まれていることに気づいた。枯れた草の上に男のものと思われる血が広がっている。馬たちはどちらも絶命していて、ノクスは突然終わってしまった命を悼みながらそっと馬のたてがみを撫でた。 「ノクス様、一人残らず捕縛しました」  部下たちがしっかりと盗賊団を縄でがんじがらめにしてからノクスと男の許へとやってくる。 「お疲れさま。すまないが、この倒れている馬車を持ち上げてくれるのを手伝ってくれないか。彼の足が馬車に挟まれている」 「承知しました!」  ノクスが声をかけると、捕縛した盗賊たちを見張る役以外の部下が集まった。倒れた馬車の下に潜り込んだりして一気に押し戻しながら、ノクスも部下と一緒に男を引きずって馬車から助け出す。潰れている、と男が言った通り、ちょうど硬い部分に膝から下が押しつぶされてしまっていた。 「……こいつはダメだ」  部下の一人が何となしに言ったのをノクスが制し、男の潰れた片足の側へと座り込んだ。出血はひどく、男の顔色も悪い。  脳裏で、幼い頃の母親の言葉がこだまする。 (愛する人へ使うものだとか言っても、このままだと医師のいる王都までこの男はもたない)  小さな決意をして、ノクスは自分が被っていた白いオオカミ面の兜を外した。 「ノクス様、何を」  ラケもノクスの側に来た。『オオカミ』の騎士は任務に就いている時は余程のことがなければ兜を取らない。そうして、男も目の前で兜を取った真っ白な『オオカミ』に驚き目を瞠っている。ノクスは兜をラケに預け渡すと、男の流血して潰れた膝のあたりに座り込んで頭を近づけた。 「……何をするつもりだ?」  男は呻きながら声を出したが、ノクスはそれを無視する。そして男の潰れた膝下の部分に、自分が持つ力を送りこむために口づけた。部下たちも息を飲んで見守っていたが、やがて酷い怪我が癒されていくのを見て誰もが驚いた。怪我を負っていた男自身も驚き、目を瞬いていたがやがてその瞬きがゆっくりとなり、そのまま仰向けに倒れてしまう。 「こいつ、やっぱりダメでしたか」  部下の一人が男の頭の方に座りこみ、男の目のあたりで手のひらを翳したりしている。ノクスは深く息を吐き出すと、自分が纏っていた裏に毛皮の付いている外套を外した。 「ノクス様。俺の外套をお使いください。ノクス様の体が冷えてしまいます」  ラケは表情を動かさずにノクスを見ていたが、ノクスが自分の外套を男に着せようとしたところで止めると己の外套を男に被せた。夕方となり、一段と気温が下がってきている。いくら『オオカミ』といえど、耳と尾以外はふつうの人間とそう変わらないのだ。 「恐らく、体温が下がっているのだろう。それはおれでもどうしようもできない」  男を立ち上がらせたくても、力を使った途端に急な気だるさに襲われている上に、気を失った人の身体は重い。男は『オオカミ』たちにも引けを取らないくらいの長身だ。ノクスが手こずっているとラケや他の部下も手伝い、ノクスの馬へと男を押し上げた。結局、ノクスのものとラケの外套を使い男をぐるぐる巻きにする。 「この布も、彼のものだ。持っていこう」  ノクスとラケは男の荷から価値のありそうなものを選り分けると、部下たちに手分けして持たせる。『オオカミ』たちは薄暗い夕暮れ時の冬の森から王都へと向かって帰還した。捕縛した盗賊たちは武器だのを取り上げてから、クルガとの国境沿いにある谷の近くに置き去りにする。冬を迎えたディアディラには貴重な蓄えを盗賊たちに分ける余裕などないのだ。 
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