03

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 ディアディラの王都は高い山脈の中腹にあり、自然にできた地下洞などを上手に削って棲家としている。その地下洞の中でも大きなものを城として王が住まい、その城を中心に『オオカミ』たちは生活を営んでいた。  地中は冬でも割合温かく、火もあればなんとか凍えずに冬を越すことができる。ノクスは悩んで、意識を失ったままの男を第七騎士団に割り当てられている宿舎へと運んだ。ノクスが育った家は都の外れにあるので、男の様子が急変した時に医師を呼ぶには遠くなってしまうのだ。ノクスが使っている部屋は副団長という肩書のおかげでほかの騎士たちよりも広い。寝台に男を転がしたところでようやく息をつけた。 「……ノクス様。いつまでこの人間の面倒を見るおつもりですか」  ずっとノクスを手伝っていたラケが冷静な口調で訊ねてきた。ディアディラには『オオカミ』しか住んでいないのもあり、『オオカミ』以外の種族には排他的だ。ノクス自身も男が怪我をしていなければ、あの場で離れるつもりだった。 「彼はアスラルに戻る途中だったと言っていたけれど、冬のアスラル方面の道は危ない。足もすっかり治すことができていないし、生きてアスラルに帰ってほしい気持ちがあるんだ。……ごめん、なるべく迷惑をかけないようにするから」  排気ができる部屋には暖炉もあり、ノクスの部屋もその一つだ。暖かくなり始めた部屋の中で小さなくしゃみをした白い『オオカミ』に、ラケはそっとため息をついてから自分の上着をノクスの肩にかけてやる。 「ノクス様。この男は人間です。深入りしないようにお気をつけて。ところで……貴方に、あのような力があるとは知らなかった」  あのような力、とは男の酷い傷を癒した力のことだ。第七騎士団の中で一番ノクスに近い血縁であるラケにも秘密にしてきたのだから、他の部下たちも驚いたことだろう。宿舎に戻り解散するところでラケに厳重に口止めされていた。第七の面々は信頼がおける者たちばかりなので、ノクスやラケが駄目だと言ったことを口外することはないだろう。 「亡くなった母上に、あの力は滅多に使ってはいけないと言われていたんだ。ほら、おれが片っ端から治してしまったら医師たちの仕事がなくなってしまうし。彼のような酷い怪我を完全に治せるわけでもないし、毒や酷い病を回復させることだって難しい……中途半端な力だから」  真面目な顔をしているラケの前で、ノクスは冗談めかして答えた。獣のオオカミであった頃は、仲間が怪我をしたら舐めあって癒していたという。外見だけでなく、感性も人間のものに近い『オオカミ』となった今は舐めあうことまではしない。思い返すと、治癒のためとはいえ男の足に口づけをした動作が恥ずかしくなりノクスは照れ笑いした――が、ラケは笑わなかった。 「もし、先ほど怪我をしたのが俺だったら――貴方は、その力を使ってくれましたか?」  それから唐突にラケに問われて、ノクスは目を丸くしてから「当たり前だろう」と即答した。 「あんな医師もいないところでラケが死にかけていたら、おれにできることならなんだってするよ。ラケは従兄だけど、おれは自分の兄上だと思っている。母上も『愛する人』には傷を癒す力を使ってもいいと言っていた」  『オオカミ』の中でも上背があり、体躯に恵まれているラケを小柄なノクスが見上げる。ラケは無表情のままノクスの白銀の髪を撫でて、小柄な体を抱き寄せる。 「この人間の正体が分からぬ以上、俺も注意する。だから、どうかノクスも気を付けてほしい。俺にとっても、ノクスはとても大切な――弟だから」  落ち着きを取り戻し、昔と同じように話しかけてきたラケの腕の中で、ノクスは「うん」と子どものように頷き返した。
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