霊安室

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霊安室

「それでは、わからないことがあれば、聞いてください。  私は、外で待機していますので」 霊安室の扉が閉められた。 ガチャンという音で、完全に外界とは切り離されたんだと、瑠璃は気づいた。 今の時間はいつだろうか。 家でいつも通り学校の宿題に取り組んでいた瑠璃は、病院から呼び出された。 同級生であり、恋人の小倉亮が死んだ。 死後死体譲渡届に瑠璃の名前があったため、至急来てほしいということだった。 日本で、死体を労働力として使うようになったのは、江戸時代ごろからだといわれている。 脳と心臓が無傷ならば、死体再利用技術によって、死体は甦る。 蘇った死体は、通称ゾンビと呼ばれる。 けれど、映画に出てくるような意思のないゾンビではない。 生前の人格をほぼそのままに再現した死体として蘇る。 この死体再利用技術は、世界中で使用されているのに、何故、映画に出てくるような、うーうー唸るだけのゾンビが考え出されたのかは不思議なところだ。 映画のゾンビと現実のゾンビでは、いくつか違うところがある。 例えば、映画のゾンビは人を襲うが、現実のゾンビは決して人を襲わないし、人に害をなすことはしない。 現実のゾンビが生きている人間をゾンビにすることもない。 ゾンビを生み出すのは、あくまでも生きている人間だ。 目の前には、白熱灯に照らされた棺桶が一つだけおいてある。 その中にいるのが誰なのか、瑠璃は知っていた。 手の中には、先ほど渡されたカギがある。 この鍵を死体の心臓へと突き刺し、まわせば、死体をゾンビとして蘇らせることができる。 黄泉の扉を開き、死者をこの世へと戻すカギ。 霊安室の外で、夕方の6時を告げる鐘の音が、病院の建物自体をゆっくりと揺らしていた。
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