月明かりの下で見たもの

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 俺は、霊感が強い。  もっとも、これまでの人生において……霊感があって得したことなど、一度もなかった。こんな力、普通に暮らす上では無い方がいいのだ。  だから俺は、自分に霊感があることを隠して生きてきた。  ある日のことだった。  俺の働いているスーパーに、新しい店長が来ることとなった。なんでも、以前は本社の営業部で勤務していたらしいのだが、何か問題を起こしてこちらに飛ばされて来たらしい。  そのため、店には朝から憂鬱そうな空気が漂っていた。本社で問題を起こすような奴……上司としては、ハズレの可能性が高い。  だが、ハズレなどと言うレベルではなかった。  新しい店長が入って来た途端、俺は唖然となっていた。彼の身長は高く、がっちりした体格だ。もっとも、顔色は青ざめ不健康そうではある。  だが店長の右隣には、金髪のショートカットの女がいた。顔と頭の半分は砕けている。手足はあらぬ方向に曲がっており、血とも泥ともつかない汚れが全身に付着している。壊れた人形のような動きで、男の隣に付いて移動してきた。  さらに左隣には、頭が完全に砕けた人間がいる。もはや、男か女かの見分けもつかない。手足もぐにゃぐにゃに折れ曲がっていて、這うような動きで男の足元に寄り添っている。  言うまでもなく、どちらも霊だ。どういう関係かはわからないが、新しく赴任してきた店長に付いて来てしまったらしい。  さすがに、ここまでヤバイものを見るのは久しぶりである。中学生の時に、大規模な玉突き事故を見た時以来だろうか。俺は気分が悪くなり、思わず顔をしかめ目を逸らした。  その途端、いきなり襟首を掴まれる。 「おい、なんだその面は! 俺をナメてんのか!」  店長は、血走った目で睨みつけてきた。周りの店員も、唖然とした顔で見ている。 「す、すみませんでした」  仕方ないので、すぐに謝った。どうやら、店長には二人(?)が見えていないらしい。あそこまでピタリとくっつかれている以上、ただならぬ関係なのは間違いないのだが。  その時、女の霊が僕に近づいて来た。耳元で、そっと囁く。 「の、のぞみ?」  思わず、霊の発した言葉をそのまま呟いてしまった。本当に小さな声であり、他の者には聞こえなかったはずだ。  しかし、店長の耳には聞こえていたらしい。その途端、彼の体がわなわな震え出した。 「お前もか! お前も、奴らとグルなのか!」  喚きながら、店長は俺に殴りかかって来た──  駆けつけた警察官により、店長は連れて行かれた。その後を、二人の霊も付いて行く。  俺も今まで、多くの霊を見て来た。だが、あそこまでヤバイのは初めてだ。異様に強い怨みの念が感じられる。あんなものに周囲を徘徊されたら、俺は確実に気が狂うだろう。  あの店長に、二人の霊は見えていない。感知することも出来ない。だが、それでも害を与えることは出来る。俺のように霊感の強い人間が周囲にいれば、それだけで充分だ。恐らく彼は、本社でも同じ目に遭ったのだろう。  このままだと、店長……いや、あの男は奴らに狂わされる。  ・・・  私は、霊感がとても強い。見ることはもちろん、近づいて来るのを感知することもできる。  とはいえ、霊感が強くて得したことなどない。むしろ、毎日のように遭遇してしまう霊をどうやって躱すか、そればかりを考えて生きている。  ある日のことだった。  夜、私はコンビニで買い物をした後、家に帰るため歩いていた。辺りは闇に覆われ、空には月が出ている。  その時、私の背筋に冷たいものが走る──  目の前の道を、ひとりの男がぶつぶつ言いながら歩いている。背は高いが、とても痩せていて無精髭を生やしていた。汚らしい染みの付いたジャージを着ており、足には何も履いていない。つまり裸足だ。  その手には、長いロープを握りしめていた。  明らかに、普通ではない雰囲気だ。だが、それよりも恐ろしいのは……男の後を、ゆっくりと付いて歩く二人の霊だった。  片方は、金髪のショートカットの女だ。顔の半分は砕けており、手足は折れ曲がっている。赤茶けた色の汚れが体全体に付いており、壊れた人形のような動きで、男の後を追っていた。  女の隣には、顔が完全に砕けた人間がいる。もはや、男か女かの見分けもつかない。手足もぐにゃぐにゃに折れ曲がっていて、直立することが出来ないらしい。這うような動きで、男の後を付いて行く。  私は呆然となり、その三人(?)の後ろ姿を見ていた。だが、はっと我に返った。同時に、状況を悟る。  あの男は、霊に憑かれ自殺するつもりなのだ。 「あ、あの……」  恐る恐る、声をかけた。だが、その声に反応したのは男ではなかった。  女の霊が振り向き、じっとこちらを見る。途端、私は何も言えなくなった。彼女のものらしい様々な感情が、私の中に流れこんで来る……その感情の強さと大きさに圧倒され、その場に立ちすくむだけだった。  月明かりの下、男はよろよろした足取りで去って行く。私には、何も出来なかった──  男が、近くの公園で首を吊って死んだということを知ったのは、翌日になってからだった。名前は渡辺健一であり、数年前から奇怪な行動が目立っていた……とも書かれていた。  その記事を読んだ時、私は複雑な気分だった。あの渡辺という男は、二人の霊に取り憑かれていた。霊が、彼を自殺させたのは間違いない。  だが、死んだことで楽になれたのかもしれない。  一年後。  私は、駅前の通りを歩いていた。七時を過ぎており、周りには帰宅するため家路を急ぐ人たちがいる。  だが、そんなものはどうでもよかった。  私の目が、あれを見つけてしまったから──  渡辺が、目の前を通り過ぎていく。あの時と同じ、汚らしいジャージ姿だ。血走った目でぶつぶつ言いながら、フラフラと歩いていく。  その後ろを、二人の霊がゆっくり付いていく。  私は衝撃のあまり、その場に立ち尽くしていた。彼ら三人が視界から消えるまで、視線を離すことが出来なかった。  渡辺健一の死亡記事を読んだ時、私は思った……これで、彼は楽になれたのだと。  だが、渡辺は楽になれなかった。自らが死んだことにも気付かず、二人の霊に憑かれたまま現世をさ迷っている。  彼の地獄は、永遠に終わらないのだ。
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