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七月一六日。僕は貴女を、夜の公園に誘った。
貴女が「何かお礼をしたい」と言った途端、猛獣は躊躇なく「夜に来てほしいところがある」と、場所と時間を指定した。
待っている間、僕の最後の良心が、猛獣を止めにかかる。
お前は何をやっている。わざわざ電車で来なければならないところまで呼び出して。目的も伝えないで。それでも来てくれると卑劣にも確信して。
猛獣は、無情に僕を切り裂いた。
そして、貴女は、来た。
満月が煌々と輝く夜空の下、貴女の美しさはいっそう際立ち、かぐや姫の再来を思わせる。
月は人を狂わせる。ルナティック――狂気にあてられた僕は、もう止まれない。
「十六夜瑠奈さん」
「……はい」
虎は、月に吠える。
「その……綺麗だね」
「……」
醜い猛獣が、月下の麗人に襲いかかる。
「今日は、言いたいことがあって、呼びました」
「貴女のことが、好き、です」
――猛獣は倒れ、人の心が戻ってくる。
目の前にあったのは、無残に切り刻まれた月の兎。
「え……えっと……」
戸惑いを隠せない様子の貴女を見て、僕は焦り、嘆き、怒る。
「その、あの……」
貴女にそんな思いをさせたかったわけではないのに。
「好き、っていうのは……そういう、こと、ですか?」
僕は返事をしない。取り返しのつかないことをした自分が、信じられなくて。
「そういうこと、なら……その……」
そんな醜い僕のために、貴女はそこに立ち続けて、ことばを紡いでくれて。
「ごめん、なさい……!」
一段高くなったその声は、僕の全身を震わせる。頰を伝う涙は、流れ星。
「すごく、嬉しい……けれど」
ああ、そんなに乱れているのに、どうして貴女は。
「私は、貴女の気持ちには応えられません」
あの月よりもずっと、綺麗なのだろう。
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