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並べた肩が、触れそうで触れない。きっとそれは僕の気のせいで、本当はもっと離れていたと思うけれど、僕の感覚ではとても近かった。だって、昨日までの僕にとっては、こうして二人で帰路につくなんて、夢のまた夢だったから。
貴女はやはり一言も話さない。僕も何を話していいか分からず、ことばを発することができない。話したいことはたくさんあるのに、口が動いてくれない。声を出そうとしても、喉がカラカラで声帯が上手く震えない。
革靴がアスファルトを踏む音だけがこだまする。コツコツ、カツカツ。僕のそれよりも小さな、貴女の足音。ふわりと歩く貴女は、霧か霞のよう。
そのままだと、いつの間にか貴女が消えてしまうような気がして、僕はほんの少しだけ右を向く。
俯きながら歩いていた貴女は、僕の視線に気づいて、顔をこちらに向ける。白い肌が街灯の明かりに照らされて、それはさながら月の輝き。
ああ、これは夢か、幻か。
ことばを交わすことなく駅に着いてしまって、改札を抜けて、ホームに降り立って。ちょうど着いた電車に、貴女は乗って、僕は乗らない。
「あ……じゃあ」
さようなら、とか。また明日、とか。何か気の利いたことを言えばいいものを、僕は貴女の背中にこんな不躾なことばしかかけられない。
それなのに、貴女は。
「……うん」
振り返って、頷いて、小さく手まで振ってくれて。
少しは貴女の涙もぬぐえただろうかと、そんなことを思う余裕はなくて。
僕はすっかり、貴女の虜になっていた。
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