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友情ではなく、恋情が。僕の中に芽吹くのを感じた。これが恋だということを、僕は認めざるを得なかった。
恋は下心、愛は真心だなんて、漢字にかこつけただけの詭弁だと思っていたけれど。僕の中の矮小で低俗な感情が、僕の意思によらず貴女に向いてしまう。
僕はただ、美しい貴女のことを愛していたかっただけなのに。
気になってやまない。貴女の存在が。右側から感じられるまばゆい月光が。
「今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと――」
貴女がその口から奏でる旋律は、夜想曲のように優しく響く。
「少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた」
その一音一音が、僕の耳から全身に流れて、血液をたぎらせる。僕は猛獣だ。
「理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ」
そう、分からない。どうしてこんな、抱きたくない気持ちを貴女に抱いて、ひとり苦しまなければならないのか。
「その人間の心で、虎としての己の残虐な行いのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい」
貴女は月に住む兎。僕はそれを噛み砕き、引きちぎらんとする。その衝動に、僕はいつまで耐えられる?
「己の中の人間の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう」
だのに、僕の中の人間は、そのことを、この上なく恐ろしく感じているのだ。
「ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう!」
この気持ちは誰にも分からない。
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