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僕の中の猛獣が怖くて、貴女との接点を努めて持たないようにしていたけれど。いや、努力するまでもなく、貴女と僕にあの日以来接点はなかったけれど。
そういうときに限って、運命は僕たちを結びつけようとする。
「あのっ」
ピアニッシモのスタッカート。それは僕のために奏でられた十六分音符。
「す……数学っ! 教えてく、だ、さい……」
デクレッシェンドのかかった一文は、僕に疑問をもたらす。なぜ僕に、そんなことを。
ただ、それ以前に。
「え……いいですけど」
返す返すも、どうして僕はこう、不器用な返事しかできないのか。
「でも、いいの?他の人じゃなくて」
「はい……。暁さんが、いいです」
貴女は覚えていたのだと言う。数学の授業で僕が当てられるたび、素早く解答していたことを。
貴女が見ていてくれたその事実が嬉しくて、まどろんでいたはずの猛獣が首をもたげる。
「じゃあ、放課後に」
僕は猛獣に首輪をかけ直して、平静を装う。額の汗に、気づかれていないといいのだけれど。
僕と貴女は、xとyのようだ。
「まずは同類項ごとに並び替えてあげて……」
普通なら隣に並ぶことのない、相容れない存在。
「それから、係数を足してあげて……」
何かの都合で、たまたま隣り合ってしまっただけ。
「あ、この項を忘れてる」
少しのケアレスミスでちぎれてしまいそうな、細く脆い関係性。
「うん、正解」
「やった……!」
臆病な自尊心が、僕を勘違いさせていく。
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