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それまで僕は、貴女という人はどんなことも卒なくこなすと勝手に思っていたから。
だから、あんなに数学が苦手で、中間テストで赤点を回避したからとあそこまで喜ぶなど、想定もしていなかった。
「教えてくれて、ありがと……!」
超新星爆発のように弾ける笑顔を見たのは、後にも先にもこの一回きりだった。
それから、僕たちの関係は急激に深まる……などということはなく、僕の中の猛獣は再び飢えと渇きに苦しむこととなった。
尊大な羞恥心が、貴女に声をかけることを拒む。貴女はいつも、不等号の向こう側にいる。
梅雨に入ってからしばらくは、月を見る日はなかった。
「あの……また、教えてもらえますか……?」
久々に晴れ間の見えた日、貴女は僕が越えられなかった垣根をあっさりと越えて、声をかけてきた。
その満月の輝きは、直視に堪えない。けれど。
「……いいよ」
すっかり眠っていた猛獣が起き上がり、遠吠えをした。
こうして、七月になる頃には、僕は人の心をすっかりなくした、ただの猛獣になってしまっていた。
そして、あの日を迎えることとなった。爪を隠すことも忘れた虎となって、貴女に牙を剥いたあの日を。
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