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第二話 『壊滅的だ』
◆
そう、今のわたしは師匠の隷属であり奴隷
言わば玩具───
師匠から言われた事は、例えそれが無理難題でも何とか受けなければなりません。
それぐらいの犠牲を払って鬼畜生の魔女に弟子入りした以上、是が非でも魔法使いになって、
いいや魔法学校の頂点『三塔』にまで上り詰めて、そしてそして何れは三魔女すら凌ぐ『大魔法使い』になってやります！
やって魅せましょう！ 夢はそう！でっかく！！
『はい、宜しい』
『うぅ…』
冒頭の大見得と、現実は余り比例しません。
わたしは犬のように四つん這いになり、床に落ちた枝を口のみで何とか銜えます。
師匠はそれを見て満足気に枝を私の口から引っこ抜くと、ビジッと目前に振るいます。
途端、割れた強化硝子があら不思議、元通り───に？
『………なにしてるアズサ、さっさと破片を片付けて新しいのを用意しろ』
『えぇー、師匠が魔法でパパッと元に戻したりするんじゃないんですかー？』
『馬鹿かお前。割れた物を元に戻すなんて攻撃専門の私に出来る訳なかろう。
せいぜい硝子の破片を豪風で彼方まで吹き飛ばして綺麗綺麗するぐらいだ』
『最も、私が風魔法を使うと威力凄すぎて工房ごと吹き飛んでしまうけどなぁー』と腐れた台詞を言い残し、師匠は側にあるテーブルに腰掛けました。
『行儀悪い…、せめて椅子に座ってくださいよー。テーブル拭いたりするのも全部わたしなんですからね！』
『あーうるさいうるさい、小姑かお前は。さっさと片付けないと続きが出来んぞ』
渋々わたしは奥に塵取りと箒を取りに行き、せっせと割れた破片を取り除きました。
その間より前、この短い期間で培った自己判断で師匠にはコーヒーを煎れています。
言われる前に煎れました。
ですが枝を鼻の奥に突っ込まれました。
理由は『何となく』だそうです、おうこのクソ魔女め。
……………
……………
……………
『師匠ぉー、なんでわたしに水の魔法を教えるんですか？
ぶっちゃけわたし、水より風のが好きなんですよねぇ』
『ほーう、そんな寝言を吐くのはこの口か？ ならば引き裂いてやるわこんな口』
いてて！ やふぇてふだふぁいよ～～～！
『いいかアズサ。お前は魔法を使えた事が無い。一度もだ。
だから私は、この国の象徴であり一番扱い易い水の魔法を選んで、解り易ーく教えてやってるんだ』
わたしの口を両人差し指で目一杯広げながら、師匠はわたしの目を真っすぐに見据えて、そう言いました。
『自覚あるのかこの頭は？ オディール魔法学校の入学試験、受けれるのは十五迄だ。お前は今回が最後だろう。
危機感、焦燥感、足りないんじゃないか？
私の弟子である以上『魔法使いにもなれませんでした』では、私も同業の間では無能な指導者と笑い者だ。
だから、私の面子を潰してくれるなよ？』
それだけ。
何も褒められてませんし、温かい言葉なんて掛けられた覚えがありません。
でも師匠はダメなわたしを見放さず、こうして魔法使いになれるよう、暴言と暴力を使って教授してくれます。
わたしは師匠に弟子入りをした三ヶ月後、魔法学校の入学試験を受けています。
万を持して臨んだ二回目の挑戦、二度目の本番。
結果は。…今のわたしが居るのですから勿論不合格な訳で。
魔法学校の入学試験自体は、至極単純なもので、
【魔法学教師の目前で神秘の片鱗を使って見せる】
という
でも、現在のわたしにとっては困難極まる内容です。
『まだ来年がある。チャンスが消えた訳ではないだろ』
ガックリと肩を落しながら魔法学校を出たわたしにそう言って、師匠は傘を差し出してくれました。
見れば季節は初春なのですが、雪が降っています。
流石に二回も未練がましく受けて尚落ちるなんて前例なかったから一気に悪い意味でわたしの名前は有名になっちゃいましたからね…
いやー、あの時は師匠の胸の中でわんわん泣いたなー
んで、そのまま橋から蹴落とされましたね。
師匠は『血吸の魔女』と呼ばれる凄い魔法使いです。
そんな師匠の名を、弟子であるわたしが今現在進行系でガリガリと傷付けています。
もうこれ以上、傷付ける訳にはいきません。三度目は試験に受かる！
こんなわたしを期待してくれている師匠の為に。なにより魔法使いになる自分の為！
私は強く頷いて、薬筒を持ち、気を改めて強化硝子へと身を向き合います。
『腕の力を抜けよ。次に硝子を魔法外の力で壊したら、んー、私はお前の大切なトコロをこの鞭で貫くかもな』
師匠はキュッと枝で空を突くような仕草をします。ﾋｴｯ
………よし、力だけは抜こう。
今の事は極力、頭の隅に忘れずに抑え、
息を吸って、精神を整えます。
これだけ環境がある。
最高の師が側に居る。
さっきのイメージでは、惜しい所まで行けた気がしました。
後は只、やり込む事。我武者羅に。
『行きます！』
……………
……………
……………
散乱した薬筒の破片の数々。
飛び散るエーテル液。水浸し。
へたり込む雑魚なわたし。
額に手をやり、溜息を吐く師匠。
今度は傷一つ着かず綺麗な強化ガラス。
机の上にあった薬筒は全て綺麗サッパリ無くなりました。
『アズサ、アズサ＝サンライト
もうお前才能無い。無さ過ぎる。壊滅的。魔法使いになるのは諦めろ。死・ね』
……………
……………
……………
回想から戻って、こちらは橋の下に設けてある秘密基地。
わたしは体操座りのまま、ボーッと虚空を見ていました。ようは上の空。
今回が三度目、三度目の正直、ラストチャンスです。もう後がありません。
これで駄目ならわたしは魔法使いにはなれません。
入学試験は今より二ヶ月後。
しかし、未だにわたしは魔法が顕著しません。
魔法使いの素質はあると、器が大きいと、故郷の学校の先生に言われました。
言ってたのに…
本当にわたしに素質はあるのかな…？
同期の二人なんて、入学試験を一発合格して早々と魔法学校に入って行きました。
わたしだけ、残されました。
あ、やば…、泣く…
「あらあらまぁまぁまぁ～、やっぱり此に居ましたわね。
負け犬にはとぉってもお似合いの犬小屋ですこと」
不意なその声に、緩みかけていた涙腺がギュッときつく締まりました。
語尾が上がる独特のお嬢様口調の甲高い声は、間近から聞こえました。
私はその場を立ち上がり、声の主を見上げます。
「久し振りだね、アズサ…」
金髪縦ロールの不敵な笑みと、紫髪の小さな子の不安そうな顔が、私を見下げていました。
二人とも青と白が織り成す色が印象的なオディール魔法学校の学生服を身に纏っています。
肩には銅色の白い翼の刺繍が一枚。階級は魔法使いの一塔
「テレサレッサにメドゥーサ…………」
口から漏れたのは、同期だった親友二人の名でした。
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