第四話  『二人の親友』

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第四話  『二人の親友』

      ◆  違うんです違うんです違うんです!  時間にして即答でしたが、心の中では、すごぉぉく葛藤したんです! 『全然駄目です』と素直に言って親友を落胆させるよりは、こうして嘘を吐く方が良いのだと結論したんです! 「ううっ!? な、何ですか、その目は………!?」  しかしそんな自爆覚悟の大見得を前に、二人は図ったように瞳を細め、疑ぐる目をわたしへと注ぎます。 「誠に遺憾ですが、わたくしは貴女のバレバレな嘘を見抜けない程、付き合いは浅くありませんので」 「絶対ウソだこれ」  ぐぅぅッ…、流石に今のは白々し過ぎましたか。  言ってるわたしもさっきのはちょっと怪しいと思いました。  しかし、引けません!  さっきとは別の意味合いで引けません。  今わたしは、よくわからない見得で動いています。 「う、嘘じゃありませんよぉ! ………よ、よぉし、見ていて下さい。証明してみせます」  そう言って、わたしはくるりと踵を返し足を進めます。  無論、橋が上にある以上、下には川が流れています。  なので、違いなくわたしの先には透き通った色をした川。 「ふぅ───」  背後に視線を感じます。  二人は何も言いません。余計な雑念をわたしに入れないようにとの配慮でしょう。  有り難くて涙が出ます。 「っ───!」  魔法を行使するイメージ自体は、掴みつつはあるんです。  今のわたしの状態なら、何かのキッカケで呆気なく魔法が出せるかも知れないと、師匠は酔っていた時に言っていました。  ならば、今がそのキッカケである事を祈るばかりです。  スカートを少しだけ捲り、腿に紐で括られた長方形の薄く小さい真っ黒の物体を取り出します。  これも中にはエーテルが入っています。言わばわたしの外行き用の薬筒でしょうか。  この程度の量で発現する魔法なんて高が知れてますが、そもそも顕著しないわたしにはどうでもいいって話です。    それを持ち、握り締め、体内に眠る魔力を引き出すべく、瞳を閉じ、  今だけは何もかも忘れて、ただイメージだけを浮かべます。 ───無我の中に水─── ───零さずに─── ───うっっ………!  瞬間、『クワッ』と瞼を見開いて、わたしは薬筒を川へ投げ入れました。  時の流れが波打つ波紋のように緩やかになります。  投げ終えた後のモーションもゆっくりで、薬筒も、のっそりした速度で宙を飛びます。  そして、時の緩みが終わり、ポチャンと川へと落ち、深々と沈んでいきました。 …………… …………… ……………  あ、あれぇー?? 「………はぁ…何も、起こりませんわね」  何時の間にか横にいたテレサレッサが、そう言いながら川を見下ろします。 「じ、時間差ですよ! もうすぐ何か起きる筈───」 「あ、薬筒浮いてきたよ」  同じく隣に来ていたメドゥーサが指を指す方向には、プカプカと浮かぶ、わたしがさっき投げた薬筒がありました。 「う…ん。今日は、ちょっと調子が悪いかな………ハハハ」  もう、二人には今の自分の現状が分かった事でしょう。  それでもまだ嘘を貫こうとしているカスなわたしが哀れでなりません。 「えぇい、なぜ貴女はこんな簡単な事すら出来ないんですの!?」  この沈んだ空気を打ち破るようなテレサレッサの叫び。  途端に『ズバ―――ン!』と川面が爆発し、そのせいで生まれた水の柱が勢いよく橋を下から押し上げました。  まあ押し上げようとしただけで、実際の橋は微動だにしていません。加減したのか分かりませんがそれ程の力はないようです。  水柱はすぐに崩れ、恙無く流れていきました。  と言うか薬筒なしでやったよね?なにそれ凄い 「これが一塔19位の華麗ぇなる実力ですわぁ」  フワリと縦ドリルが風に煽られて彼女の顔が隠れます。  再び元の位置に戻った縦ドリルのその先にはテレサレッサの不敵で素敵な笑みがありました。  うーむ…、入学試験の時は、マッチで点けた程度の火を指から出してたぐらいでしたが、どうやら目茶苦茶スキルアップしているようです。  と言うか現在進行形で差が付く一方。 「あ、危ないよテレサさん、橋壊しちゃったら停学もの、て言うか犯罪………」  そんな事を言ってるメドゥーサは今現在、わたしの真後ろに隠れています。  どうやら水飛沫を受けたくなかったようで…、  代わりにわたしはモロ被害受けてますけどね!  一方のテレサレッサは「そんなヘマはしませんわ」とわたしの横から去ります。  彼女も水飛沫の直撃を受けていた筈ですが、見たところ全く被害がありません。 『ああ、右方向に受け流したんですの』  聞けばこう言う答えが帰ってきました。  ああ、成程。通りでテレサレッサの隣に居たわたしはこんなにもびしょ濡れってちょっと!  更に聞きもしないのに、  やれ『さっきのも風の魔法で、風圧を増大させて水面真下に叩き付けた。言わば風弾』やら  やれ『魔法学校で習っていく内に火よりも風の魔法に才があるのに気付いた』やら  やれ、………後はなんか長ったらしい武勇伝を聞かされましたがメンドくさいので全て省きます。 「ああ、もうっ! テレサレッサがすごいのはよぉぉく分かりましたから自慢話はそこまでにして下さいよ!」 「あら、まだまだ語りたい事は山程ありましたのに。残念ですわねぇ………」  本当に残念がる辺り、止めなければ日が暮れるまで話していたのかも知れません。  そんなおバカはもう放っておいて、わたしはもう一人の小さな親友に話かけます。 「………えっ? 順位?」 「メドゥーは今、一塔の何位ぐらいなんですか?  テレサはさっき自分から言ってましたけど、そのせいでわたしはメドゥーの順位も気になってしまいましたよ」 「え、えーと…」  明らかに狼狽しながら、何故かメドゥーサはテレサレッサの方をチロチロと見ています。  そのテレサレッサは腕を組んでムスッとした表情を浮かべていました。 「教えてくれませんか?」  少し前屈みになってメドゥーサの目線に合わせます。  二人の態度を見るに、何やら事情がありそうですが、だからこそ聞きたいものがあります。  そもそも順位を隠すなんて事、かなり低い位置でなければ、しないと思いますが。  テレサレッサの顔色を伺う辺り、理由はきっと別のところでしょう。  わたしとテレサレッサを交互に見ながら、やがてメドゥーサは意を決したようで、  息を目一杯吸い込み、 ───両頬っぺたをグイイイっと伸ばされました。 「ふわッ!?」 「この子は現在、一塔の1位ですわ」 『ふぅわ!?』『ううあふー!?』と言葉にならない叫びを放っているメドゥーサを余所に、  そんな彼女の頭一個上から頬っぺたを伸ばす張本人は、わたしにそう教えてくれました。 「あ~、だから言うのを躊躇う訳ですね。納得」  わたしはさして驚きません。  彼女は昔から卓越した魔法の片鱗を見せていましたし、………とある力もありますし。  多分そんなところだろうと目算はしていました。  プライドの塊なテレサレッサにとって、メドゥーサより自身が格下と思われるのは不愉快の極みでしょう。  メドゥーサもメドゥーサでそんなテレサレッサの性格を考えて、自発的に順位を触れ回る事はしてないんでしょうね。  基本的に気弱で優しい子ですから。  ふむ。初めテレサレッサが蛇と言っていたのは、彼女への嫉妬の現れですかねぇ、本当に困った縦ロールです。 「この子は既に二塔に上がれるだけの実力を備えています。  でも、二塔に上がる為の試験をわざと蹴ってますの、バカの極みですわ」 「ぇぇ? どうしてそんな事を!? もったいない!」  テレサレッサの発言にわたしは驚きを隠せません。  在席が一塔から二塔に上がればそれだけ待遇も違います。聞けば二塔はもう一人前の魔法使い扱いです。  それを拒むなんて、勿体ない所の話じゃありません。 「決まってますわ。貴女を待っているんですの。あとわたくしも」  そう言うと、テレサレッサはメドゥーサの頬っぺたを抓るのを止め、クリルと後ろを向いてしまいました。 ………これは、詳しくは自分じゃなく本人に聞けって事ですかね?  わたしは目前で頬を撫でる紫髪の子に、テレサレッサが言った意味を訪ねてみます。 「だって、独りじゃ寂しいから。ただでさえアズサと離れちゃったのに、その上テレサさんとまで離れたら、ボクまた独りぼっちだし……… ………それに二塔ってちょっと怖い………」  メドゥーサはテレサレッサ以外に自分には友達が居ない事、稀有なあの力のせいで他魔法使いによからぬ注目を浴びてしまっている事。  テレサレッサの側に居ないと怖くて部屋から出れない事。  多様な不安を、わたしに吐露してくれました。 ………早合点していましたか。  テレサレッサがメドゥーサに対して少し冷たかった原因はそこでした、か。  テレサレッサはメドゥーサのその臆病さ弱虫さへの苛立ちと、待ってる彼女の所へ中々辿り着けない自身の不甲斐無さとの間で揺れているんですね。  だからあんな態度しか取れていないんです。基本、不器用ですからね。  そんなの、魔法使いにすらなれてないわたしはテレサレッサ以下ですよ。  いや、比べる事すら烏滸がましい。わたしなんてもう豚です。クズです。あれ? 涙でそう。   ───うん、今日は色々と彼女達の話が聞けて良かった。  では今度はわたしが、二人に見得ではなく、キチンとした決意を表しましょう。 「テレサレッサ、メドゥーサ」  二人が反応を示して、こちらを見てくれます。  久しぶりに揃った大中小トリオは、背も顔も、性格も仲良しさも何もかも昔とちっとも変わりません。 「待っていて下さい。根拠は全くないんですが、今回は必ず、必ず合格して見せます!  必ず、二人に追い付きますから!」  自分を強く太鼓し、二人を前にして、そう宣言しました。  二人は何も言わなくても、わたしに笑っていてくれます。  何だか無性にやる気が沸いてきました。  これなら師匠の暴言暴力なんて易々と───、割と耐える事が出来そうです。            
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