僕の彼女は喋らない

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僕の彼女は喋らない。 だから、僕は手紙を書いた。 毎日毎日、僕は何でもないことを手紙にする。 彼女は、毎日それに返事をくれた。 僕はそれが楽しみで、毎日手紙を書いて、帰りがけにそっと渡す。 翌朝、机の中に返事が入っている。 それは、小さな、小さな楽しみだった。 彼女の微笑みが、手紙の言葉が、いつもありがとうという言葉が、僕の心を満たして行く。 彼女は、自分が思っていることを素直に僕に吐き出してくれた。 僕と、いつか一緒に帰ろうと言ってくれた。 しかし、やっぱりそれは、この学校の中で、続けることは無理だった。 無理な、ことだった………・ 「ボランティア?」 そう言われて、僕は思わず彼を殴ってしまった。 それをきっかけに、みんな黙殺していたことが吹き出した。 冷やかされ、彼女はいじめに遭ってしまった。 僕のせいで。 2人の間に何か、言いようのない気まずさが堀のように走る。 僕は、彼女を守ることも出来ない卑怯者だ。 彼女は、手紙を受け取らなくなってしまった。 朝、机を見ても何も無い。 僕は、哀しみの中で切手を貼って郵便で出した。 そして、彼女を横目に返事を待つ。 ただひたすらに、僕は願うだけしか出来ない。 3日待って、ようやく郵便受けに返事が来ていた。 なぜか、いつもの可愛らしい封筒ではなく、普通の茶封筒にプリンターで印刷してある。 急いで、そうっと封を切り、破かないよう注意しながら手紙を開ける。 『もう、手紙を出さないで下さい』 その冷たいプリンターの文字に…・いつもの可愛い丸文字が浮かんで消えた。 僕は、玄関で立ち尽くした。 涙があふれた。 僕は、迷惑なんだろうか。 僕のやっていることは、彼女にとってイヤなことなんだろうか。 彼女は、相変わらず喋らないで、孤立する。 僕は、気が狂いそうになりながら彼女を見つめ、目が合いそうになると慌ててそらした。 勉強に集中出来なくなり、僕の成績はがた落ちする。 冷やかした友達とも、殴った奴とも、何も話せなくなって孤立した。 僕らは、そうやって目を合わせなくなっていった。 僕は、心が空虚になって学校に行くのが辛くなってしまった。 休みがちになりながら、それでも彼女の姿を見たくて、自分を鼓舞して必死で学校に向かう。 家族が心配するが、今だけ、今だけ我慢して見守って欲しいと告げた。 辛い。 つらい。 心が壊れそうだ。 休み時間、ぐったりと机に突っ伏して目を閉じる。 ゴトゴトと、誰かが机を動かす音がなぜか続いた。 僕にはどうでもいいことで、目を開けるのも辛かった。 グッと、突然、腕を誰かに掴まれた。 驚いて目を開けると、目の前に彼女の顔がある。 えっ!? ビックリして身を起こすと、彼女が僕の席まで車いすを動かして来ていた。 ひゅうっと彼女が大きく息を吸う。 「わわいお、ういあっえ、うああい!」 そう言った後、僕に手紙を差し出した。 いつものピンクの可愛らしい手紙に、彼女の可愛い丸文字がある。 僕は、信じられないことが起きて、思わず彼女を見つめた。 教室の中が、しんと静まっていた。 僕は、この場に二人きりでいるような、そんな錯覚にとらわれていた。 「なんて、言ったんだ?」 後ろの席の奴が、そうぼそっと言った。 「私と付き合って下さい」 僕は、そうはっきり聞こえた。 何か、世界がパッと明るくなったような気がした。 「も……‥ もちろん、もちろんだよ。」 そう、やっと返して、フフッと笑った。 彼女も、にっこり微笑む。 事故で車いす、舌を半分失った彼女は、普通にしゃべれないことを恥ずかしいと、絶対しゃべろうとしなかった。 車に巻き込まれて、ひどいケガだった。 生きててくれたことが、何より救われた。 僕は、彼女を失う事が恐ろしくて、大事にしたいと強烈に心に決めた。 僕が守る。 決意だった。 なのに、僕のために話してくれた。 僕は、とうとう彼女に喋らせてしまった。 恥ずかしい思いをさせてしまった。 「ごめんね、ごめん。 僕はさ、実は君を助けてるような気がしてた。 でもさ、僕は・・・・・僕は、助けられてたんだ。 僕さ、なんて弱っちいんだろうな。 君を助けてるつもりで、なんて、弱虫だろう。」 涙を流しながら、椅子から滑り落ちて、ガクリとひざまずいた。 彼女は、僕の手を包み込んで首を振る。 そして彼女はまた、喋らなくなった。 でも、彼女は車いすの横に小さなホワイトボードを用意していた。 突然言いたいことを書き綴る。 『私は君に救って貰ったんだよ。 だから、今度は私の番。 私と、付き合って下さい!』 バッと僕に見せて、そして、みんなに見せた。 みんな呆気にとられて、ケガで歪んでしまった彼女の顔を見つめた。 パチパチパチ・・ なぜか、誰かが拍手して、それがみんなに広がった。 僕が殴った奴が、前に出てゴメンと頭を下げる。 僕が殴ったのに。 僕は、いいクラスメイトに、きっと、恵まれた。 みんな、きっと、機会を失っていたんだ。 彼女の勇気に救われた。 僕らは、公認カップルになった。 冷やかされても、気にならなくなった。 機能訓練のために、毎日昼で帰っていた彼女も、もうすぐ一緒に帰れそうだ。 僕は、彼女の車いすを押すために、筋トレを始めた。 茶封筒の手紙は、彼女のお母さんが僕をストーカーと間違えて出したんだと謝ってくれた。 ストーカー……・そうか、ストーカーか。 紙一重かもしれない……ちょっとショック…… そうして、僕らの日常が戻った。 彼女はホワイトボードが声帯で、聞いてないとテニスボールを投げてぶつける。 それが、ある日軟式から硬式に変わった。 ひどい……痛い、うれしい。 車いすを押して走ると、彼女もハイになる。 ホワイトボードで書いては消してと忙しい。 手紙は、回数は減ったけど、今だ続けている。 ホワイトボードは消えちゃうけれど、手紙は残るから続けたいと。 手紙には、僕らの、今の言葉が詰まってる。 僕の彼女は喋らない。 でも、僕の彼女はお喋りだ。
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