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感情の共有
まだ離れたくないな、と思ってしまった。
相手からすればただのわがままだ。しかも二人きりで出掛けたのはこれが初めて。それなのに求めすぎじゃないだろうか。
「どうかしたの?」
口数が減っていたらしい。慌てて作り笑いを返して、本当に今日は楽しかったと改めて感想を伝えた。
お世辞抜きに、ただ楽しかった。この人と一緒にいるととても心地いいし、多分「ピースがかちっと嵌まる」感覚はこのことを言うんだろうとさえ思えたくらいだ。
視界の先に、駅の出入口が見えてきた。あそこに辿り着いたら今日は解散しなくてはならない。
――果たして、この人も同じ想いでいてくれているんだろうか?
そうだ、今日があまりにも楽しすぎてその可能性を忘れていた。下半身から力が抜けていくような感覚に襲われて、一気に未来が怖くなった。
足を止めてしまった自分を、想い人は怪訝そうに振り返った。
絶対に、この出会いを無に帰したくなかった。この人とこの先も付き合っていきたい。
「……っあ、の」
声は驚くほどに震えていた。目の前の表情が明らかな心配顔に変わる。違う、具合が悪いんじゃない。反射的に首を振ってから、勇気を出して左腕の裾を掴んだ。
「もう少しだけ、付き合ってくれませんか」
わずかに開かれた目を必死に見つめ続ける。拒否されたら、という恐怖で押しつぶされそうな心を意地で食い止める。たとえどんな結果でも、この選択をしなかった後悔だけはしたくなかった。
自分にとっては五分くらい経ったような感覚が身体を走った時、右手に少し湿ったようなぬくもりが触れた。
「ありがとう。……実は俺も、同じことを考えていたんです」
——ああ。少なくとも今は、同じ気持ちを共有しているんだ。
望む未来への足がかりになれた。それだけで今はたまらなく幸せだ。
触れたままの手に相手の指が絡まる。優しく込められた力に引かれるかたちで、解散予定だった場所とは反対の方向へと歩き始めた。
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