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結局は、自分かわいさ
#深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
②中途半端
③清濁
のお題を使用しました。ちょっとこねくり回しすぎた感があります。。
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「あなたの望みはなんだ?」
無駄に装飾の凝った木製の椅子に座っていると気づいたのは、急に視界が明るくなったからだった。軽く辺りを見回して、どうやら私にだけスポットライトが当たっているせいらしい。
それにしてもこの椅子、中世のヨーロッパにでも出てきそうだ。大体ここはどこなのか。
「あなたの望みはなんだ?」
左右で別々の人に話しかけられているような心地悪い声で同じ問いを繰り返された。同時に、前方にぼんやりと何かが浮かび上がる。
「……そっか、これ、夢か」
そう確信せざるを得なかった。今まで生きてきて、身体の半分が長い金髪の天使、もう半分がコウモリのような黒い羽根を生やした悪魔、という生き物に出会ったことがない。そもそもいるわけがない。
「望み? 働かなくてすむくらいのお金が欲しいわね」
中途半端で気持ち悪い生き物に、鉄板の一つに含まれる回答を返す。夢なら敢えて乗ってみるのも悪くない。
「あなたは優しいのですね」
天使の口端がゆっくり持ち上がった。声も目を閉じたくなるような清らかさだったが、片方からしか聞こえない。
「本音を言わないのは、相手を気遣ってのことでしょう?」
言葉の意味はわからない。『相手』って、誰のこと?
「しらばっくれるな」
今度は心臓が震える声だった。もう片方から容赦なく注がれた。
「あの女を憎らしく思っているくせに」
頭の片隅で、一瞬鋭い光が灯った。見たくないのに主張してくるなんて、やめてほしい。というか、どうしてこの生き物がそんなことを知っているの。
(……だから、これは夢なんだって)
もはや自身に言い聞かせるしかない。
「違いますよね。例えば今だって、彼女と距離を取っているのは余計な心配をかけさせないためでしょう? 幸せなままでいてほしいんですよね?」
「……やめて」
なんて夢なんだ。リアリティがありすぎて息が苦しい。己を抱き込んでもさらに症状が重くなるばかり。
「笑わせる。あの女の結婚式に参加した時、素直に祝えないでいたくせに」
「やめて!」
その日の感情が堰を切ったようにこぼれ出す。ずっと笑えていたかわからなかった私。ちゃんと彼女の顔を、隣の彼を見られなかった私。もらったブーケを帰宅してすぐに捨てた私。
彼女が悪いわけじゃない。意中の彼とうまくいきたいと相談してはいたけれど、それが誰かを明確に告げていたわけではなかった。
そもそも、その彼と彼女は知り合いですらなかった。どう運命が転んだのか、偶然二人が出会い、気づけば結ばれていたというだけ。
「そう思い込んでいるだけだろう」
悪魔は容赦なく傷を抉ってくる。たまらなくなって逃げだそうとしたが、立ち上がれない。椅子に触れている箇所すべてが縫い付けられてしまったかのようだ。
「思い込みだなんて。二人にはこれからも幸せでいてほしいんですよね? だってとっても好きな二人なんですから」
好きだ。好きなことに変わりはない。
「いいや、思い込みだ。なぜなら、お前にはまだ未練がある」
ない、と反論できなかった。
だって、本当に好きだった。誰からも頼りにされてしっかりしているかと思えば、少し抜けたところもある。見た目は落ち着いているのにどこか目を引く雰囲気を持っている。今まで出会ったことのないタイプだった。
二人きりで飲みに行くまで仲を深めてきた。やっとここまで来たと嬉しくなった矢先に、彼女から彼を紹介された。
その時の心境など言い表せるわけもない。どんな話をしたかも思い出せないくらいの衝撃だけが胸に残っていた。
「それでも友達に本当のことを言わなかったのは、友達が大切だったからですよね?」
本音は、違う。
お似合いすぎて、言えなかった。あるいは「友達の幸せを願ういいおともだち」でいたかった。表面上でも、二人の悪者にはなりたくなかった。
結局はこのざまだ。正直に行動できなかったことを悔いて、想いをこじらせたままでいる。彼を奪われたわけでもないのに彼女に当たり散らしてしまいたくなっている。
二人が出会う前に告白だけでもしていれば、こんな現実にならずにすんだかもしれない。
私と彼が結ばれる可能性だって少しはあったかもしれない。
押し込めた後悔が怒濤の勢いでやってくる。
いやだ、こんなの空しくなるだけなのに。どんなに頑張っても時間は戻せないのに。
「そうやって、どっちつかずの態度でいたツケが回ってきたってだけだ。自業自得じゃないか」
もはや反論する気力もない。
「だから、もう本音をぶちまけちまえよ。その方が楽になるだろ?」
まさに、悪魔のささやきだ。
「そうですね。優しいあなたが壊れてしまう前に、大本の原因を取り去ってしまいましょう」
頭が変にふわふわしてきた。ゆっくり顔を持ち上げると、霞のかかった視界にあの生き物が映っている。最初と変わらないはずなのに、どこか違って見える。
「あなたの望みはなんだ?」
私は。
その先を告げたつもりが、アラームの音に上乗せされた。
恐怖と安堵両方に、心臓が押しつぶされそうだった。
私は、どっちにもなれない。
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